「ロイ・マスタング」
呟いて、手を握り締めた。
・・・・・・機械の音がする。
君の声で名を呼んで、君の手で僕を求めて
窓から月光が入ってくる。
きらきら、きらきら。シーツで跳ね返って波のように揺れる。
眠れなくてエドワードは身を起こした。
出来るだけ音を立てないようにして、ベッドから足を下ろす。
隣室にいるはずの弟は、鎧に身を宿してから眠ることが出来ない。
ならばきっと今も起きているだろう。だから、音は。
・・・・・・・・・余計な心配はかけられないから。
エドワードは髪の毛をかきあげて、ベッドサイドにあった本を手に取った。
適当にめくっては目を通し、しばらくそれを繰り返してから、小さな息を吐いて本を閉じる。
喉を反らして見上げた窓からは、逆さまの月がこっちを見ていて。
小さく、呟いた。
「ロイ・マスタング」
月光がエドワードの髪を照らす。
あの人と会ってから。
あの人と会ってから、もう半年が過ぎようとしている。
エドワードの右腕と左足は未だ自由に動かない。
全身を引き裂くような痛みに耐え、リハビリを続ける日々。
何度唇を噛み切ったか判らない。けれど諦めたことはただ一度もない。
負けそうになる度、エドワードは呟いた。
彼の、名を。
「ロイ・マスタング」
まだ肩につかない髪は、結ぶことが出来ない。
おろしていると少女に間違えられることも多々あるけれど、それでもエドワードは切ろうとは思わなかった。
これは決意。
これは願い。
遣り遂げるまでは、絶対に切らない。
女々しい自分にエドワードは小さく笑った。
それでも、適えたい目的があるから。
けれど弱気になったときや、気分が沈んだとき。
そんな時にいつしかエドワードは呟くようになっていた。
最初は無意識に。
今では、意識的に。
名前を、呼ぶ。
「ロイ・マスタング」
一度しか会ったことのない人。むしろ会ったとは言いがたい人。
彼についてはあまり覚えていない。あの時は自分のことだけで精一杯だったから。
今でもあまり変わったとは言えないけれど、でもあの頃よりか幾分かはマシ。
あなたの前に立つには、まだ情けないだろうけど。
それでも。
名前を呟く度に頑張ろうと思う。
負けないでしぶとく生きようと思う。
あの人の、隣に。
立てるように、努力しようと思う。
だから今だけは、少しだけでいいから頼らせて。
「―――・・・・・・」
ロイはふと視線を上げた。見上げた建物の合間に月の姿が見えている。
近くにいたハボックが不思議そうに声をかけた。
「大佐?どうかしたんスか?」
「――――――いや」
首を振って歩き出す。瞼の裏では月光と同じ、金糸と瞳を思い返しながら。
あの子供は、いつ尋ねてくるだろうか。
指折り数えて、その日を待つ。
早く来てほしいと願いながらロイは笑った。
「ロイ・マスタング」
音にならない呟きは、けれど確かに届いていた。
2003年11月21日