嫌な奴だと思った。
数段上の位置から見下ろしてくるような眼差し。
物理的距離なんかじゃない、睥睨する目。

嫌な奴だと思った。





recriminate





銀色の懐中時計は意外と簡単に手に入った。
それは12歳の自分の手にもスッポリと納まるような大きさで、エドワードは小さく口元を歪める。
些か頼りないが、かなりの力になるだろう代物。
大事にしよう。そう思いながらベルトへと繋げた。
そして顔を上げる。
こちらをじっと見ていた目の前の男に、無表情のまま。
「それで、君達はこれからどうする気だ?」
ロイの問いかけにエドワードはソファーに腰掛けたまま脚を組み替える。
「決まってるだろ。元に戻る方法を探す」
「どうやって?」
「さぁな」
多少ぶっきらぼうにエドワードは返事を返した。
このロイという男、何故だか気に食わない。
その理由は何だろうとエドワードは内心で考える。
確かに初対面は最悪だった。自分は母親の錬成に失敗し、弟の肉体を失った後。
そんなときにロイは現れ、激しさにも似た怒りと共に、自分に道を示した。
そう、だからこそ国家錬金術師になるという方法を選ぶことが出来た。
そのことには感謝している。だけど、気に入る気に入らないは話が別。
弟のアルフォンスはロイのことを「いい人なんじゃないかな」と言うけれど、自分にはとてもじゃないがそう見えない。
『いい人に見せかけた、ものすごい悪人』というのが、ロイに対して抱くエドワードの心的印象だった。



机の上には火蜥蜴をあしらった白い手袋が置かれている。
「何をするかは君達の勝手だが、私に迷惑をかけることは許さない。君が何か問題を起こせば、君を国家錬金術師に推薦した私の進退にも関わってくるからな」
「あーはいはい。野望に燃える大佐様の邪魔はシマセンヨ」
わざと嫌味を込めて言った台詞に言葉が返されなくて、エドワードは顔を上げる。
その瞬間、鋭い眼差しに射抜かれた。
「――――――誰から何を聞いたかは知らないが」
トン、と指が机を叩いて。



「協力が欲しいのなら、決して私の邪魔をしないことだ。もしも何か起こったときには、君と、君の弟の身体を以ってして償ってもらう。―――覚えておきたまえ」



低い声とは裏腹に、その眼は焔を滾らせていた。



あぁ、とエドワードは思う。
あぁ、やっぱり自分の印象は間違っていなかった。この男は「いい人」なんかじゃなかった。
別に脅迫に近い忠告を受けたからではない。
死にたくは無いけれど、死ぬことを考えたことが無いわけじゃない。
ただ、この男に自分たちの命を玩ばれることに腹が立った。
そうだ、やっぱり自分は間違っていない。



「―――ふざけんな」



やっぱりこの男は掛け値成しの悪人だ。
・・・・・・・・・自分と、同じ。



片眉を上げた相手を笑うように、エドワードはもう一度脚を組み替える。
鋼の左足が音を立てた。
そのまままっすぐに視線をロイに定めてエドワードは喋り出す。
「国家錬金術師に推薦したくれたことは確かに感謝してる。でもそれだけだ」
『覚えておきたまえ』だ?笑わせるにも程がある。
「だがここからは俺達の問題だ。あんたの出る幕じゃない」
「私の協力がいらないとでも?」
「じゃあ聞くけど、あんたは俺の協力が欲しくないのか?」
本来ならば言わないような台詞をエドワードは言った。
自分を過大評価することは、過小評価するのと同じくらい嫌いだ。
「あんたは俺の力が欲しかった。何故なら俺は優秀な錬金術師だからだ。他の陣営にやるよりかは自分の元に置いておいた方が得だ。利己的なあんたはそう考えた」
眉間に皺を刻む相手に立て続けに畳み掛ける。
「そしてちょうどいいことに俺は禁忌を犯していた。優秀な脳味噌であんたは考える。『このことをネタに、こいつらを使ってやろう』―――と」
自分で言っていて反吐が出そうな内容に、エドワードは知らず顔を歪める。
けれど視線だけは逸らさなかった。
「人体錬成は大罪だ。これであんたは俺達を完全に掴まえた。『罰せられたくないのなら言うことを聞け』・・・これからはこの呪文一つで俺達を動かせるもんな。・・・・・・だけど、覚えとけ」
ガシャンと、鋼の右手が握り締められた。
エドワードが、言い切る。



「俺達はすでに罪の道を歩いてるし、これからも歩きつづける。――――――巻き込まれたのは俺達じゃない。あんただ」



それを、忘れるな。



罪を犯した。そしてこれからもまた罪を犯す。
それを知っていて自分達を手元に置いたのは、紛れもないこの男。
だから被害を受けるのは自分達じゃない。
一方的な盟約は成立しない。あるのは、等価交換。



お互いの罪をかけた、等価交換。



12歳の、まだ子供の視線を受け止めて、ロイは口元を緩めて笑った。
そして再確認する。やっぱり自分は間違っていなかった、と。
こうでなければこの子供に手を貸してやった価値がない。
「・・・・・・覚えておこう」
そう言えば子供は一度眉を顰めて、そして不愉快そうに頬杖をつく。
そんな様子にロイは今度こそ楽しそうに笑った。
この子供相手なら、互いの罪を背負って歩くのも悪くない。



銀色の時計が、小さく音を立てて揺れた。





2003年11月18日