エドワード・エルリックは牛乳が嫌いである。
その嫌いぶりは筋金入りで、エドワードを知る人々は、彼が牛乳嫌いであることを当然のように知っている。
そして皆一様に思っていた。
『あぁ、だからあんなに小さいのか』―――と。
本人が聞けば怒るだろうが、牛乳に含まれるカルシウムが成長に欠かせないのもまた事実。
けれどある日、ロイ・マスタングは言った。

「さぁ飲みたまえ、鋼の」

片手に牛から分泌される白い液体の入ったグラスを持って。





夢を見たい年頃なんです。





その日、エドワードは東方司令部にある資料を閲覧するために訪れていた。
目的の情報を仕入れるために資料室へ入り浸ること6時間。
司書である女性に追い出されて、借りれるだけ借りて執務室へと戻ってきたのがつい5分前のこと。
部屋の主であるロイはいないようだったが、勝手知ったる様子でエドワードはソファーへと転がり資料を読みふけっていた。
そして、事は起こった。



ピクリとこめかみが音を立てるのをエドワードは自覚する。
しかし目の前の男はそんな相手の様子にも気づかずに再度繰り返した。
「飲みたまえ、鋼の」
ズイッと突き出されてくるグラスでは、並々と注がれている白濁の液が揺れている。
『牛乳』と称される飲み物――――――それはエドワードが一番嫌いなものだった。
「・・・・・・・・・何のつもりだよ、大佐」
自然と声が低くなるが、ロイは相変わらず真剣な面持ちでグラスを突き出してきて。
「鋼の。牛乳を飲めば身長が伸びる。これは化学的にも証明されていることだ」
「んなこた知ってる。―――で、何で俺にそんなもんを差し出すんだよ」
『小さいから』などと言ったら問答無用で殴り飛ばしてやろう、と思いながら唇を引きつらせてエドワードが尋ねる。
ロイはやはり真面目な顔で言った。

「君の――――――いや、君と私の愛のためだ」

鋼の右手がうなった。



「エドワード君、明日の業務に支障が出ない程度にしておいてね」
「はーい、中尉」
穏やかに会話を交わすエドワードとホークアイの向こうで、ハボックが床に潰れているロイを突ついている。
ロイの手の中にあった牛乳はすでに零れてしまっているが、どうやらパックで購入していたらしく、テーブルの上に残りがたっぷりと用意されていて。
エドワードはチッと舌打ちした。
「・・・・・・で、大佐?何だっていきなりこんなアホなことしようとしたわけ?」
グリグリと鋼の左足がロイを踏みつける。
「だ、だから愛の・・・・・・・・・」
「寝言は寝て言え」
蹴りが炸裂。
再び床に潰れてしまったロイを尻目に、ハボックは溜息をつきながらエドワードを手招きして。
「大将、コレが原因」
一冊の雑誌を手渡した。
眉をひそめながらエドワードが煽り文句を読み上げる。

「『あなたと彼の身長差は何センチ?理想は10〜15センチだよ!』」

・・・・・・見事な棒読みである。
金色の瞳が文字を追い、小さな手がページをめくる。それを数回繰り返して。
「ハッ」
エドワードは鼻で笑った。



・・・・・・・・・恋するロイ・マスタング、三度撃沈。



焔の錬金術師が灰になりそうな状態を放って、ハボックとエドワードは話を続ける。
「何、大佐ってこんな下世話な雑誌を読んでるわけ?」
「や、それはたまたまあったヤツだけどな。大将って身長いくつだ?」
「・・・・・・・・・全長、165センチ」
「大佐がたしか全長180くらいだろ?」
「あー・・・・・・・・・」
エドワードは納得したように頷いて、チラッといまだ転がっているロイを見る。
確かにロイは軍人だけあって鍛えぬかれた身体をしている。
エドワードとの身長差は『全長』で約15センチ。正確に測れば実際はもっとあるかもしれない。
そう考えてエドワードはもう一度頷く。
「つまり『俺と大佐は理想的なカップル(の身長差)ではない』―――と」
「そ、そんなことはない!」
突如勢いよく身を起こしたロイにハボックは身体をビクつかせて遠のくが、エドワードは慣れたもの。
雑誌を適当に放って、汗をダラダラと流している14歳も年上の男に向き直る。
「だってそういうことだろ?俺と大佐って身長差が15センチ以上ありそうだし」
「た、確かにそうかもしれないがっ」
「それで不安になったから、大佐は俺にギューニューを飲めって言ってきたんだろ?それ以外の何があるんだよ」
「・・・っ」
どうやら『牛乳』と発音することさえ嫌らしい。
エドワードのそんな徹底ぶりにも気づかずに、ロイはその整った顔を情けなく歪める。
確かにこの記事を読んで自分とエドワードとの身長差を計算したのは事実。
そしてそれが『恋人同士の理想的身長差』の範囲でなかったのも事実。
そしてさらに、それに対してショックを受けたのも事実だった。
「・・・・・・・・・私が身長を低くさせることが出来るなら、とうの昔にやっている。だが出来ないのだから君の身長を伸ばすしか方法がないだろう?」
「っていうか別にいいじゃん。そんな『理想的な身長差』じゃなくたって」
必死の訴えもエドワードはサラリと流して。
そして言った。



「だって俺と大佐って恋人同士じゃないしさ」



今度こそ、ロイ・マスタングの完全なる撃沈であった。



残りの牛乳はパックごとホークアイの飼っているブラックハヤテ号にプレゼントし、エドワードは爽やかな顔で笑う。
「じゃあ俺、帰るから。明日はアルと一緒に来るから、資料室のカギ用意しといて」
「・・・・・・・・・」
もはや返事をすることも出来ないロイ(と書いて愛の奴隷と読む)が力なく首を縦に振る。
読みかけだった山積みの資料は、持てるだけ紙袋に詰めて。
部屋を出ようとしても、まだどんよりと暗い影を背負っているロイにエドワードは振り向いて、そして呆れたように溜息をついた。
「大佐」
まだ反応しない相手に小さく笑う。



「俺の身長はこれからも伸びるしさ、それからでも遅くないだろ?」



壊れた頭でよく考えて、意味を飲み込んで顔を上げればすでにエドワードの姿はなく。
残されたのは持ちきれなかった資料と、頬を緩めた大人が一人。
どうしても笑ってしまう口元を押さえてロイは呟いた。
「・・・・・・楽しみにしてるよ、鋼の」



小さな君が、大きくなって。
そのときはきっと『理想的なカップル』になれる。
その日を夢見てロイは笑った。

それがエドワードが牛乳から逃れるために言った台詞などとは露知らず、ロイは幸せそうに微笑むのだった。





この小説は、みずむらゆたか様に献上しました。
2003年11月13日