「・・・・・・どうしよう」
いつもは強い眼差しを宿している金色の眼が、今は戸惑いを浮かべて揺らいでいる。
リザ・ホークアイは柔らかく微笑を浮かべて少年の金糸を撫でた。
「・・・・・・どうしよう」
ぽつりと、エドワード・エルリックは呟いた。
Knocking on your door
給湯室に付属している小さな部屋で、エドは所在なさげに椅子に座っていた。
「コーヒーにミルクは入れる?」
「・・・・・・や、砂糖だけで」
「はい、どうぞ」
渡されたマグカップは客用ではなく一般軍人の使うもので。
湯気の立ち上るそれを困ったように見つめて、そのままエドは顔を上げる。
ホークアイはゆっくりと微笑んで自分も同じマグカップを手にとった。
「とりあえず飲みなさい。話はそれからね」
くしゃりと情けない顔をしてから、エドは俯くようにしてコーヒーを口にする。
二人の間に芳しい香りが漂った。
「・・・・・・俺」
ぽつりと、エドが俯いたまま呟く。
ホークアイは飲んでいたコーヒーから顔を上げた。
「・・・おれ・・・・・・・・・」
「まさか、大佐が本当にあなたに好意を持っているとは思わなかった?」
黙り込んでしまったエドの後を引き継いで尋ねる。
金色の三つ編みが深紅のコートの上でかすかに動いて、ホークアイの言葉を肯定した。
エドのマグカップを握る手に力が篭もる。
それを見てホークアイは、彼には気づかれないように小さく嘆息した。
それは目の前で戸惑う少年に向けてではなく、堪え切ることの出来なかった自分の上司へと向かって。
「・・・だって・・・・・・」
搾り出すようなエドの声が震える。
「だって・・・あんな・・・・・・っ」
掴まれたのは右手。
痛さを感じたのは心臓。
人でも射殺せそうな眼に貫かれて。
恐怖が走った。
これは誰だと思った。
生理的な涙が浮かびそうになって。
焔よりも熱い。
本気で想われているのだと、初めて判った。
コトンと、シンクにマグカップを置く音がやけに大きく響く。
ホークアイはエドの隣に腰を下ろして、宥める様に話しかけた。
「エドワード君は大佐のことが嫌い?」
答えなど判ってはいる。その予測通りにエドは首を横に振った。
「・・・・・・そりゃ、大佐のことは好きだけどさ。・・・・・・でも、大佐の『好き』は、俺と違う『好き』だろ・・・?」
「そうね。大佐は『恋愛対象として』あなたが『好き』よ」
ハッキリと言葉にされた事実にエドが小さく肩を揺らす。
ホークアイの言う言葉は常に冷静で、それでいて間違いのないものばかりだから。
だからこそそれは信じられて。
それでいて、少しだけ苦しくもなる。
「・・・・・・・・・なんで、俺なんか」
自嘲的な言葉に本当に泣きそうになった。
けれどホークアイの厳しい声がそれを遮る。
「自虐的な言葉は感心しないわ」
「だって、中尉だってそう思うだろ?大佐なら俺みたいなガキ―――しかも男なんかじゃなくて、もっとイイ女の人がいるだろうに」
「それでも大佐はあなたを選んだのよ」
「それこそバカだ」
自嘲気味に笑うエドにホークアイはやはり眉を顰め、しかしそれ以上咎めることはしなかった。
小さな少年。彼の犯した罪と懺悔を知っているから。
それを彼がどんなに後悔しているのかも。
俯いたままのエドの手から冷めてしまったコーヒーカップを受け取り、シンクへと戻す。
「ねぇ、エドワード君。あなた、いつから大佐があなたのことを好きだか知ってる?」
小さく笑みを浮かべながらホークアイは振り向いた。
まだ戸惑いに揺れているエドに向かって、楽しそうに微笑んで。
「実はね、初めて会ったときからなのよ」
「・・・・・・・・・初めてって、俺、11歳だったんだけど・・・」
「そう、11歳だったわね」
ホモの上にショタコン・・・?などとエドが呟けば、ホークアイも苦さを浮かべた。
「本人は気づいてなかったみたいだけど、エドワード君たちに会ってから帰る途中、ずっとあなたの話をしていたの。『いつ来るだろうか、遅くとも三年以内だな』とか『子供二人で生活していたということは家事も出来るのだろうな』とか。挙句の果てには『好きなタイプはどんなだろうか』まで」
聞いている方が恥ずかしくなってきてエドがうっすらと顔を赤く染めると、ホークアイも仕方なさそうに微笑んで。
「あれで本人は無意識だというんだから、本当にどうしようもない」
「・・・・・・・・・大佐って」
「馬鹿でしょう?『エドワード君馬鹿』」
「・・・・・・中尉の意地悪」
さらに顔を染めたエドにクスクスと笑って。
そんな少年の金糸を優しく撫でて、ホークアイは穏やかな声で続ける。
母親という程年が離れているわけではない女性に頭を撫でられ、エドは当惑したように頬を緩めた。
人に触れられることはあまりない。昔は母と弟の温かさを覚えていたけれど、今は忘れつつあるから。
柔らかい微笑を向けられると少し面映かった。
「正直な気持ちを大佐に伝えてあげて。その方が大佐も喜ぶし、たとえエドワード君が拒絶したとしても、そのことで大佐があなたたちをどうこうすることはないから」
むしろ拒絶しても諦めないでしょうけれどね、と続いた言葉にエドは泣きそうになりながら笑った。
「もう少しあの人と付き合って、それても大佐を『そういう対象』として見れなかったら言って?その時は私と恋人同士になればいいわ」
目を見張る相手にホークアイは笑った。
「大佐も、『私』が相手ならそう無茶なことはしないだろうから」
パタン、と給湯室の扉を後ろ手に閉めてホークアイは隣を振り向いた。
「少し急ぎすぎたんじゃないですか?」
話しかけられて、ロイ・マスタングは年相応には見られない顔で渋面を作る。
「・・・・・・・・・だとしても、譲れない」
「数年後に後悔することになっても私を恨まないで下さいね」
「・・・・・・怨まずにいられるものか」
じっとねめつけてくるロイにホークアイが小さく笑う。
本当にどうしようもない、などと失礼なことを考えながら。
「優秀な部下の恋人を奪うだなんてこと、しませんよね?大佐は愛しいエドワード君の幸せを願っていて下さい」
穏やかに微笑むホークアイを一瞥して、ロイは扉を開けた。
中にまだ少年のいる、給湯室の扉を。
一転して静かになった廊下でホークアイは軽く息をついて肩を落とした。
けれどその顔に浮かぶのは柔らかな笑み。
この時間にこなしてもらうはずだった仕事は残業してでも終わらせてもらわなくては、なんて考えながら。
「本当に、どうしようもない」
2003年11月10日