「ほぅ・・・君があの『鋼の錬金術師』かね?」
「はい。エドワード・エルリックといいます」
「年はまだ12と聞いたが、何、賢そうな子供じゃないか」
「お褒め戴き光栄です」
様々な男たちから声をかけられる中で、エドは穏やかに笑いながら会話に応じた。
彼は今、常の赤いコートではなく、青い軍服を身に纏っている。





裸足の女神





煌びやかな空間の中で男たちは彼らの正装である軍服に身を包み、その中でも一際多く勲章をつけている者たちが、今は一人の少年に代わる代わる声をかけていた。
少年の名はエドワード・エルリック。
先日付けで『鋼の錬金術師』という二つ名を拝命した、国家錬金術師である。
その少年がまだ12歳だというニュースは軍でもかなりの勢いで広まり、それは特に上層部で顕著だった。
まだ子供の、けれど『天才』という形容詞をつけられている国家錬金術師。
――――――利用し甲斐がある。
そう判断する輩が殆どだった。



「・・・・・・・・・誰だ、ありゃあ」
呆然としたようなマース・ヒューズの声にロイ・マスタングはワインのグラスを傾けながら答えた。
「エドワード・エルリック。『鋼の錬金術師』だ」
「んなこたぁ知ってる。・・・にしてもいつものウルサイ豆はどこに行きやがったんだ?良家のご子息でも紛れてるのかと思ったぜ」
「彼も場に合わせた態度というものを心得ているんだろう」
「12のガキがねぇ・・・」
チラリと視線を向けた先では、エドが男に話しかけられて何やら答えている。
相手の階級は勲章から見ると少将のようだ。つまり 佐官である自分たちよりかは格段に上の存在。
そんな男に話しかけられてもエドは臆することなく話に応じ、ときおり二人は楽しそうに笑ってさえいた。
そこへまた新たな幹部が来てはエドに話しかけ、会話を繰り広げて行く。
「・・・・・・・・・すげぇ社交家だな、オイ」
ヒューズの言葉にロイが小さく苦笑した。



その日、エドは突然に東方司令部から召集をかけられ、一着の服を渡された。
12歳の標準よりも小さな自分に合わせた、小さな小さな青い軍服。
それはまるで母親が遊びで子供に着せるような、そんな可愛らしいものではなく、ただの鎖としてエドの目には映った。
自分を『国家の狗』として繋ぎ止める、重責の鉤。
そしてまたこうも思った。
どうして軍人の服は赤じゃないのだろうか、と。
返り血を浴びるなら、同色の方が都合がいいのに。



・・・・・・赤は、罪人の色だ。



こんな日が来ることを、エドは当然判っていた。
最年少で国家錬金術師の資格を得た自分。まだ世間の荒波も知らない無知な子供。
それを欲しがる大人は多い。
『国家錬金術師』の力を手にし、自分の側へと引き入れたがる大人は。
自分は格好の獲物。
エドはそれを十分に判っていた。
何故なら、自分の一番身近にいる軍人が、その筆頭なのだから。



エドがあらかたの権力者に挨拶を済ませた頃には、すでに式典はほとんど終わりを迎えていた。
成長期―――その成果は言わずもがなだが―――の身としては、用意されていた食事をまったくと言っていいほど食べることが出来なかったのは少し悔しい。
けれどまぁいい、とエドはそこらへんに残っていたジュースのグラスを手に取った。
赤い液体に何のジュースだろう、と小さく笑う。
隣に立つ存在は、見上げなくても誰だか判った。
「柘榴だよ、鋼の」
「・・・・・・柘榴ですか。俺、初めて飲みます」
「リゼンブールには無かったのかい?」
「ジュースはありませんでした」
クィッとグラスを傾けてみれば、咽を甘くて少しだけ酸味のある液体が流れていく。
予想以上にそれが美味しく感じられるのは、喋り疲れて咽が渇いていたからかもしれない。
「マスタング中佐はこんなところにいて宜しいんですか?」
二口でジュースを飲み干して、空になったグラスをテーブルに置く。
エドがようやく顔を上げて見てくるのに、ロイは楽しそうに笑った。
「私の挨拶回りはとうに済んでいるよ。君ほど注目されている訳でもないのでね」
「ご謙遜を。マスタング中佐ほど出世を期待されている方はいらっしゃらないとお聞きしましたよ」
「その分、敵も多いと言っていただろう?」
「さぁ、それは聞き逃してしまいました」
とぼけた顔をしてエドが笑う。
それはとても12歳の子供みは見えない、立派な社交家のものだった。
どちらにもとれる、曖昧な返事。
ロイは片眉を上げて、次いで苦笑を浮かべる。
「鋼の、君はたいそうな社交家のようだね」
「人脈はあるに越したことはないですから」
「あぁ、確かに」
公の場では自分を推薦してくれたロイを立て、エドは丁寧な言葉遣いを崩さずに話す。
それに微かな違和感を覚えながらも、この場ではもっとも相応しい態度なのだから、ロイとて直したりはせずに。
でもさすがに剣呑さを秘める内容には、二人とも自然にトーンを落とした。
周囲に聞こえないように、けれど目の前の相手には聞こえるように。
エドは至って変わらない顔で言う。

「アンタが使えなくなった後には、この人脈も活きてくるだろうからな」

グラスを握るロイの手が、思わず反応した。



再び声をかけられて笑みを浮かべながら会話に応じるエドを見ながら、ロイは周囲に悟られない程度に目を細めた。
『アンタが使えなくなった後』と、エドは言った。
それは果たしてどういう意味なのだろうか。
自分が死んだときか。
自分が彼にとって利用価値がないと判断されたときか。
それとも、自分が野望を断念して一軍人で終わると決めるときか。
正解は判らない。けれどどれも正解だろう。
エドはロイを斬り捨てることも計算の内に入れている。
そして例えそうする日が来たとしても、自分は共倒れなどせずに生きていくと。
彼はそのために今、軍服を着て笑っているのだ。



ロイは小さく笑みを浮かべて、楽しそうに話をしているエドと上司へと向かって足を進めた。
そう、必要ならば何でもやる。そんなことはとうの昔に決めたこと。
誰が倒れても生きてやる。

この荒野を、どこまでも走り続けて。





2003年11月3日