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絶対に言葉にしないと決めている。
抱いている気持ちが何なのかは判っている。
だからこそ、言葉にしない。

絶対に、言葉になんかしない。





ひとでなしの恋





久しぶりに立ち寄った東方司令部では見知った人間が楽しそうに仕事をしていた。
軍人がそれでいいのだろうかとは思うけれど、当の本人が良いのならそれでいいだろう。
少なくとも悲哀に満ちた顔をしているよりかは全然マシだ。
そう思っていたところでドアの向こうから出てきた相手に声をかけられる。
「いらっしゃい、エドワード君、アルフォンス君」
「こんにちは、中尉」
「大佐なら今は平気よ。今日中に必要な書類もあげてもらったことだしね」
そう言って目の前の女性は手の中の紙束をそろえ直した。
「じゃあ兄さん、僕は中尉たちの手伝いをしてるから」
「あぁ、じゃな」
鎧姿の弟に手を振った。
機械鎧の右手で執務室のドアを押し開ける。
自分の身体は冷たい。
「やぁ、鋼の」
机の向こうで微笑む男とは正反対だと思った。



「これ、この前回ってきた仕事の報告書」
「あぁ、早かったな。もっとかかるかと思ったのに」
「別に。さっさと終わらせといた方が後も楽だし」
そう言って適当にまとめた報告書を机に放る。ありがとう、と男が受け取る。
その手は今は手袋に包まれていない。
自分の手とは正反対。
「その対価というわけではないだろうが、新しい情報が入ってきてるぞ。何でも南部の方に不思議な力を発する石があるそうだ」
「不思議な力?」
「その石に触れた者はたちまち傷が癒えるらしい」
告げられた内容に頭のどこかがスッと冷えるのを感じる。
生身の心臓がだんだんとその音を大きくしていく。
今度こそ。
――――――今度、こそ。
左手を強く握った。
「すぐに発つのかね?」
尋ねてくる男に一つ頷いく。
「賢者の石かもしれねーし、それなら早く行かないと」
「やれやれ。来た早々去っていくとは」
呆れたように呟いて男が立ち上がる。
自分よりもはるかに高い身長に、自然と見上げる形になってしまって。
それが酷く悔しい。対等でありたいと願うからこそ。
この男に認められる人間でありたいと思うからこそ。
相手が、笑う。
「・・・・・・気をつけて行っておいで」



この気持ちの名を知っている。
自分がこの男をどう思っているのか知っている。
だけど駄目だ。言葉に出来ない。
言葉になんてしちゃいけない。

欲しいものはたった一つだから、それ以外を望んじゃいけない。
そうしたら唯一のものまで叶えられなくなってしまうから。
望んじゃ、いけない。



自分には、この想いを抱く資格などないのだから。



片口を上げていつも通りに笑ってみせた。
生意気な表情。作ることは造作もなくなっている。
「大佐こそ中尉たちに迷惑かけんなよ」
「・・・・・・君は私という人間をどんな目で見てるんだい?」
「言わなくても判るだろ?」
楽しそうに笑って。相手が不貞腐れたような表情を作って。
そう、これが幸せ。
これで十分、幸せ。
望んじゃいけない。自分はきっとこの男の手を払うのだから。

もしどちらかを選べと言われたら、きっと自分は間違いなくこの男を切り捨てる。
だから、言わない。



鋼の身体は冷たくて、貴方に抱かれることも出来ないのだから。



「じゃあな。大佐も元気で」
「アルフォンス君によろしく。それとくれぐれも私の管轄内で事件を起こさないように」
「あーはいはい」
適当に笑って手を振った。相手の顔はまともに見れなかった。
いつまでこんな日が続くんだろう。でもきっと、永遠に。
笑いながら背を向けて部屋を出た。
鋼の右手でドアを閉める。
いつも思う。これが最後の挨拶になるかもしれない、と。
今はまだどうにか再会することが出来ているけれども。



この身体が朽ちるのが先か。
生身の肉体を取り戻すのが先か。
それとも。



俺の貴方への想いが張り裂けて溢れてしまうのが先になるのか。



自嘲的な考えに小さく笑って右手を握った。
ひとでなしの、手だった。





2003年10月23日