13:約束をしよう、それはとてもはかないものかもしれないけど





「尚隆」
手を伸ばして触れるのは、腕ではなくて手だ。
背の高い後ろ姿の肩には腕を伸ばさないと届かない。
一生縮まらないこの差を、珠晶は悔しく思っていつも見上げる。
だけど己の半身が時折するように、抱き上げてもらいたいとは思わない。
抱えて欲しいのではない。対等の目線で物事を見たいのだ。
「どうした、珠晶」
見下ろしてくる彼の顔は、一国の主ではなく可笑しな字を持つ風来坊のもの。
初対面が互いに素だったからか、彼はあまり自分に王の顔を見せたりしない。
さすがに公的な場で対面したときは、延王と供王を名乗り合い、それらしく振舞ったりはするけれども。
「慶に行ってみたいわ」
「今からか? それは無理だな。夕方にはおまえを霜楓宮に返すよう、供麒に懇願されている」
「供麒なんてどうでもいいじゃない。あたし、景王に会ってみたいの」
手を繋いで歩いている自分たちは、きっと親子に見えているのだろう。
ずいぶんと若くしてあたしを生んだのね、お父様、などと心中だけで言い、珠晶は笑みを浮かべながら。
「だってあの稀代の延王を動かした人物よ? 会っておいて損はないわ」
「・・・・・・・・・どうせ俺は雁だけでなく慶の小間使いだ」
「やぁね、恭も忘れないでもらえる?」
小間使いだなんてとんでもない。
今握っている手。この大きな手はきっと雁だけでなく慶も恭も握ってるのだろう。
小間使いだなんて、とんでもない。
「これだから女は怖い。たとえ恩人でも次の日にはそれを忘れたように脅迫染みた真似をするのだからな」
「・・・・・・景王、そんなことしたの」
「まぁ、陽子は胎果だからかもしれんが」
そのときの様子を思い出したのか、苦い表情を浮かべて笑う。
笑い流すだけの余裕が、彼にはある。
見上げる横顔は初めて会ったときと変わらない。
だけど、浮かべているその表情は珠晶が初めて見るものだった。
柔らかな彼の眼差しに、息が、詰まって。

「――――――好きになったの?」

心が不安を覚えるよりも先に、気がつけば口が問うていた。



振り向いて、見下ろして、唇が言葉を綴り始める。
それだけのことなのに、何故かひどく時が経つのを遅く感じる。
「・・・・・・好きになったとは、誰が誰をだ?」
心底不思議そうに聞いてくるのを、少し苛立たしく思いながら。
「あなたが、景王をよ。まさか好きになったの? 本気で?」
まだ握ったままの手に力を込める。
この手は小さくて、子供のままで、繋ぎとめておくことなんて出来やしない。
慶の新王は若い女性と聞いた。女性であって、少女ではない。自分のように、子供ではない。
だからきっと、捕まえることが出来る。
目の前の、この男を。
「・・・・・・何を言うのかと思えば」
失笑した彼を睨み上げて、珠晶は声を荒げる。
「あたしは本気で聞いてるのよ! 真面目に答えなさい!」
「聞いてどうする?」
「どうって―――・・・・・・っ」
思わず言葉を詰まらせたのは、見下ろしてくる男の目に試すような光が浮かんだのに気づいたから。
だから顎を引いて気を引き締め、珠晶は泰然と言い放つ。
「あなたなんかに誑かされる景王が気の毒だから、止めてあげるのよ!」
「――――――・・・・・・・・・く・・・っ」
小さく噴き出して、男は笑い出す。
馬鹿なことを言った自覚がないでもなかったが、珠晶はその笑いが憎たらしくて、握った手を振り回すことで不愉快を訴える。
子供の力に適当に付き合いながら、男は目元に浮かんだ涙を逆の手で拭った。
「・・・・・・案ずるな。その心配は全くない」
「・・・・・・・・・尚隆って時々とても嘘吐きなのよね」
「ならば王として誓おう。俺が誰かを特別に想うことは、決してない」
はっきりと断言して、彼は笑った。
「これでいいのだろう、珠晶?」
聞かれたから、頷いたけれど。
本当は胸が痛かったと言ったら、あなたはどんな顔をするのかしら。
そんなことを考えて、珠晶は離れない手を握った。

この約束がいつまでも続けばいい。
そんなことを願いながら、強く握った。





珠晶×尚隆・・・・・・?
2006年2月19日