10:この笑顔でいつまできみをはぐらかせるのでしょうか





滅びる国を見るたびに思う。
国と民なんてものは、誰かに背負わせるものじゃない。
堪えきれずに狂う。それが人のあるべき姿。
自分たちは家族と、そして昭彰とで分け合い、荷を軽くしているけれど。
――――――じゃあ、あの男は?



「奏が雁に喧嘩を仕掛けるなんてどうだろう」
「却下」
嬉々として提案したのに兄から容赦なく否定され、利広は苦笑した。
弟の仕種が意図的なものを知っている利達は、溜息を吐くこともなく筆を書簡に走らせる。
「雁と共に奏まで滅ぼす気か?」
今ある十二国の中心である大国の雁と奏。その二国が同時に滅びるだなんて考えるだけで気が滅入る。
自国の民の苦労を思うと同時に他国の動揺も窺い知れて、利達は眉間に皺を寄せた。
しかし言い出した当の本人は至って気安く笑っている。
「何もそんなに真剣に考えなくても」
「・・・・・・そうさせたのはおまえだろう」
「それはそうだけどね。だって兄さんも勿体無いと思うだろう? 延王が倒れるだなんて」
「というか、雁が倒れる予兆でもあるのか?」
それならば対策も採らなくてはいけない、と表情を改める兄に、やはり弟は明るく笑う。
「まさか。あそこは相変わらず執政も行き届いて栄えている。あと数百年は倒れそうにないよ」
「ならそんな予想を立てるのはやめろ。縁起でもない」
「えー・・・」
「『えー』じゃない。幾つだ、おまえは」
「ここは一つ、文姫を見習って二十二歳で」
「六百もさばを読むな」
ここにきてようやく、利達は溜息を一つ吐いた。
彼にとって頭を悩ませるのは国政でも何でもなく、他国を放浪してばかりの弟なのである。



雁を治める延王に、利達は会ったことがある。
あれはいつのことだったか。雁の王朝が軌道に乗った、数十年後のことだったか。
かの国より百年先をいっている奏と国交を結ぶために、たしかあの男は訪れたはずだ。
最低限の護衛と、まだ十二・三にしか見えない麒麟を連れて。
この隆洽を訪れたときのことは、五百年近くたった今でも覚えている。
凛として立つ男は、自分とは違うものだと思った。
独りで国を背負う彼に、自分は決して敵うことがない。
だからこそ奏を維持していこうと決めた。
独りで生きる彼の傍に、誰かがいることを知っていてほしいから。
――――――そのためにも。



「・・・・・・とにかく」
一度置いてしまった筆を取り、墨をつけて書簡に走らせる。
「あの男が倒れるということは、少なくともあと数百年はないだろう。いつになるか判らないことを論じても仕方ない」
「確かにそうだけどね・・・。でも嫌だなぁ、雁が倒れるなんて」
「だったら余計な想像をするな」
「うん、そうなんだけど、やっぱり考えずにはいられないよ」
肩肘をついて利広は笑った。
感傷と、諦観と、六百年の月日を感じさせる小さな声で。
「・・・・・・往かれたくないなぁ」
同感だ、と心中だけで呟いて、利達は書きあがった書簡を丸めた。
巧の難民を引き受けるための草案。これが為されれば雁も少しは楽になるだろう。
「慶が早く復興してくれると助かるんだがな・・・・・・」
そうすればとりあえず雁を頼るのは戴と柳の二国だけになるのだが。
思わず漏れた言葉を聴きつけて、利広が笑った。
「何だ、兄さんも私と同じじゃないか」
まるで子供のように嬉しそうな笑みに、利達もつい苦笑を浮かべて。
「・・・・・・雁にはまだまだ倒れて欲しくないからな」
あの孤高の名君に消えてもらっては困るのだ。

君の傍には我らがいると、ちゃんと判ってもらうまでは。





利達兄様と小松さんは(外見は)同世代を希望です。浩瀚もきっと同じくらいですね。素敵な三点セットだ・・・。
2007年7月21日