06:たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに
「延王って、どうして妻を娶らないのかしら」
今日の分の仕事を終え、女官に入れてもらった茶を飲みつつ、珠晶が呟く。
たまたま立ち寄って席を共にしていた利広は、突然の言葉に目を瞬いた。
けれど彼のその微かな動揺に気づくことはなく、用意された菓子を食べながら珠晶は続ける。
「だってあんなに素敵な方なのよ? そりゃまぁ、放浪癖や仕事を放置するところはどうかと思うけど」
「・・・・・・あぁ、うん」
「外見はいつまで経っても若いままなのだから、せめて寵姫の一人くらいいてもおかしくないのに」
そう述べる珠晶が暮らしている霜楓宮には、使われていない建物が二つある。
その一つは後宮で、もう一つは東宮だ。
妻や妾を住まわせる前者は、幼いまま仙籍に入った珠晶にとって、それこそ永遠に縁のない場所だろう。
家族を住まわせる東宮は、王になった時点で使わないと決めた。
彼らが請うてきても、家族をこの霜楓宮に呼ぶことはしない。甘えなどいらない。必要なのは自分の、王としての気概だけだと。
天勅を受けたときに、そう決めた。
だからこの二つは珠晶にとって必要のない場所なのだが。
「でも延王はきっと違うと思うのよね。何たって壮年の男性なわけだもの」
「そうだね。でも五百年の間、延王が妻を娶ったり、寵姫を囲ったりしたという噂は聞かないな」
その分、妓楼での流し名はたくさん聞くけれど。
心中でそう付け足しながら、利広は苦笑する。
「あぁでも後宮の一室を腹心の官に与えていると聞いてことがあるよ。極秘裏に執務をするための場を提供したとか」
これもきっと、気がつけば消えていなくなっている王の抜けた穴を埋めるためだろうけれど。
やはり利広はそんなことを考えるが、口にはしない。
ふぅん、と珠晶は納得したように軽く頷いて。
「雁は登極したときに、余裕がないから王宮の柱や玉やらを、延王自らほとんど売り払ってしまったって聞くけど、本当なのかしら」
信じられない、と呟く珠晶は現延王が立ったときには、まだ到底生まれていなかった。
けれど当時百歳を少し越えたばかりだった利広は、そのときのことを良く覚えている。
とんでもないことをするなぁ、と思ったのは五百年経った今でも記憶に新しい。
「本当だよ。だから玄英宮には今も他の王宮に比べて半分くらいしか建物がない。確か仁重殿もないんじゃないかな」
「仁重殿がない!? じゃあ延麒はどこで寝てるわけ?」
「正寝の一室を仁重殿に充てているらしいよ。後宮はともかく、東宮は物置に使ってるって話を聞いたような・・・・・・」
以前にどこかの国の酒場で会ったときに、そのような話を聞いた気がする。
もちろん彼は『どこかの国の王宮は』という例え話で言っていたのだけれども。
その内容の奇抜さを各国の王たちに当てはめてみれば、その例えが彼自身を指しているのは明白だ。
「東宮を物置・・・・・・」
珠晶は呆気に取られて口を開き、次いで深い溜息を吐き出した。
さすが延王、読めないわ、などと心の中で賛辞を送って。
「だけど一体何を置いているのかしらね」
「さぁ。きっと延王のことだから想像のつかないものだろうけれど」
「違いないわ」
他国を話の種にして茶席についている彼らは知らない。
雁国の東宮は、延麒のオモチャ箱だということを。
彼が蓬莱から持ち帰ってきた数多のもので東宮は埋め尽くされているということを、彼らはまったくもって知らないのだった。
愛は珠晶から延王へ、利広から風漢へ、六太から尚隆へ。そして尚隆から雁の民へです。
2007年7月21日