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05:ねぇ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?
どこかの風来坊ではないけれど、ときどき遠くまで行きたいと思うことがある。
そんなときは帰りのことなんか考えもしない。
置いてきぼりを食らって喚く六太のことも、足を踏み鳴らせて怒る帷湍のことも、冷ややかに報復を考える朱衡のことも。
全部放って騎獣を駆ける。
思い描くのはただ、国のことだけ。
「・・・・・・柳もそろそろ、か」
溜息を漏らしながら尚隆は街を見下ろした。
整然と建物の並んでいる街並みでは、嬌声や空声のような活気が上がっている。
それはあたかも法治国家として名高い柳の終焉を表すがごとく、浮かび上がる亀裂。
「意外とよくもったな。それだけの王だったということか」
手綱を引いて、雁の国境沿いの方へとたまを走らせる。
「しかし仮朝を支えられるような官はいない。ならば落ちるのは早い・・・」
都から僻地へと進むにつれ、荒廃は目に見えてくる。
遠くからでも判った。海岸に現れた巨大な生き物は、天意があるうちは決して現れることの無い―――妖魔。
見つけたからといって倒してやるような義理もなければ、柳に対する恩もない。
尚隆はそのまま、たまをゆっくりと降下させた。
見えてくるのは、まだ緑色をしている大地。この景色ももうじき終わる。
「・・・・・・また、一国が沈む」
早いのか遅いのか自分には判断できない。けれど、これだけは判る。
天はきっとこう言っているのだろう。
「雁をそう易々と潰すな―――か」
戴、次いで慶、そして巧。加えて柳。
雁国の近くは始終不安定に満ちている。
どの国の難民も豊かな雁を頼りにして、どんどんと国境を越えてやってくる。
それらを受け入れないわけにはいかない。
けれど雁の民と同じく扱うわけにもいかない。
荒民はどんなに努力しても、所詮は荒民なのだ。
雁の者ではない人間に、雁で雁の民よりもより良い暮らしをさせるわけにはいかない。
酷い奴だと六太ならば言うだろう。
けれど自分は王なのだ。だからこそ、しなければならないことがある。
何よりも守りたいものは雁なのだ。
もう二度と亡くさない。・・・・・・亡くしたく、ない。
降り立った大地は、まだ降りることが出来た。
「この緑が消えぬうちに新王に立ってもらいたいものだが、そう上手くはいかんだろうな」
麒麟が失道して最悪死んだ場合、蓬山に新たな柳果が実って麒麟が誕生し、王を選べるようになるまで最短でも六年はかかる。
現段階で妖魔が出没しているとなると、六年で柳はきっとすっかりと荒れてしまうだろう。
新たな柳王が立って国を再建したとしても、やはり十年の荒廃は見込んでおかなくてはならない。
―――最短で、十年。
「この際さっさと柳王が死んで、麒麟が新たな王を選べば良いものを」
そうすれば柳はそう荒れることもなく、雁とて荒民に難儀しなくても済む。
万事が収まるのだ。たった一人、柳王の死だけで。
麒麟でなくとも眉を顰めるだろうことを考えて、尚隆は苦笑した。
「義倉を増やし、王師を国境に派遣するか・・・・・・」
それでしばらくは乗り切れるだろう。後は王か麒麟が死んでから対処する。
尚隆はそう考えながら、たまの手綱を引いて歩き出した。
自分じゃない誰かの為には、動けない。
この掌の民を守ることだけで精一杯なのだから。
亡くしたくないから、切り捨てる。
「・・・俺はあの頃からまったく変わってないな」
まだ臆病なままの自分に向かって尚隆は小さく自嘲した。
同じ頃、置いていかれた六太が地団駄踏んでます。
2007年7月21日