04:誰にもいえない、こんなことは。そう、あなたにも
行くのなら、雁だ。
奏も穏やかで良い国だが、自分の描いている理想とはお世辞にも近いとは言いがたい。
悪いなんてことは決してない。けれど、雁の方が近いのだ。
珠晶の描く、永久の恭に。
雁の現王朝は、約四百年の歳月を生きている。
奏を安穏と言うのなら、雁は活発。そういった印象があると聞いている。
物事を毎回家族に諮る奏とは違い、雁は王の勅令による改革が多い。
けれどそれは決して独裁という意味ではなく、むしろ辣腕。
王の器量と腕前による、紛れもなく有能な執政。
一人で生きている、王の。
「・・・・・・やっぱり行くのなら雁だわ」
「何か仰いましたか、主上」
「―――何でもないわよ」
傍らに膝をついて尋ねてくる供麒を一瞥して、珠晶は視線を前に戻す。
この麒麟は麒麟のくせに大柄で、余計に自分が小柄だということを自覚させられる。
そういえば延麒はまだ十二、三の外見だと利広が言っていた。
珠晶はそれを思い出して、なおさら雁へ行こうと心中で決める。
恭がもっと落ち着いて、他国と外交を持つときが来たら、やはり雁を第一候補に挙げよう。
お隣の範や柳は大切だけれど、隣だからこそ関係を持とうと思えばいつでも持てる。ましてや芳は言うまでもない。
だからこそ、雁。地理的には黒海を挟んで対岸なのだ。これを活かさない手はないだろう。
王の座について初めて、珠晶は一人であることの意味を知った。
だからこそ、その意義を問いたいのだ。
蓬莱から帰り、荒野だったとされる雁を一人で立て直した延王に。
延王―――尚隆に。
しかし王などとは、体の良い小間使いである。(BY 小松尚隆)
よって、珠晶が雁を訪れる余裕など、新王に沸く恭国にあるわけがない。
何年経っても何年経っても何年経っても変わらない。
他国との外交がどうとか言っている余裕のない王様業に、珠晶が切れたのは早かった。
「あーもーっ! 何なのよ、この忙しさは! 官吏の登用一つとっても文句をうだうだうだうだ言い募って! そんなに文句言うくらいだったら自分でやってみなさいっていうのよ! あんたがあたしよりまともな王様になれるんだったら、とっくの昔に供麒はあたしじゃなくてあんたを選んでたわよ!」
握った書簡を思い切り長椅子に投げつけ、小さな肩を上下させる。
子供の姿をしている自分を、官が侮っているのを珠晶自身知っている。
だからこそ、そんな輩の前でみっともなく感情を露出するような真似だけはしたくない。
自室に戻って怒鳴るだけ。そんな自分が情けなくとも、今の珠晶にはそうするしか不満を発散する手段がなかった。
まだ収まらない怒りに任せて別の書簡を投げようとしたが、突然響いた軽やかな声に止められる。
「相変わらずみたいだね、珠晶」
女官どころか供麒でさえも通していない房間に広がる声の主を、珠晶は知っていた。
だからこそ大僕を呼ばずに、振り返る。
「・・・・・・久しぶりね、利広」
窓の外、空に浮かんでいる相手の穏やかな笑みこそ相変わらずだと思いながら。
「久しぶり、珠晶。今日はどうしたんだい? いつもより暴れっぷりが酷いみたいだけれど」
「失礼なことを言わないでもらえる? 別に、いつもと同じで意見の食い違いよ」
「供麒とかい?」
「・・・・・・そうだったら、まだましだわ」
悔しそうに唇を噛み締める珠晶に、利広は何があったのか大体のことを悟った。
珠晶は天意に沿った紛れもない王だけれども、その永遠に成長することのない容姿から、さらなる苦難を背負っている。
だからこその問題に、利広は微かに目を細めて。
けれど諭すことはなく、別のことを口にした。
「珠晶、これから少し出てこれるかい?」
「―――今から? そうね、出られないこともないと思うけど」
ちらりと机上にある書簡を眺めてから、珠晶が答えた。
「じゃあ私と共に連檣へ行こう。紹介したい人物がいるんだ」
「誰よ、一体」
「私の古い知り合いでね」
騎獣の背から手を伸ばし、不可思議な顔をしている珠晶に利広は笑った。
「きっと、珠晶は喜ぶ」
こうして連れられた宿屋にて、珠晶は一人の男と面識を得る。
大酒のみで、豪胆で、それでいて腕の立つその男との出会いは、話しただけで珠晶に大きな影響を及ぼした。
彼が焦がれる大国の王だと珠晶が知るのは、もっとずっと後のことである。
きっと珠晶が知らないだけで、尚隆は何度も恭に来ていたものと思われます。
たまたま六太のいなかった今回をチャンスだと思い、利広が引き合わせてみたのかと。
2004年7月26日