03:理由なんていりませんただ好きなんです





それは言葉で表せられるようなものじゃなくて。
ただ、漠然とした感覚。
だけどそれだけが真実。



パッと六太は書いていた巻物から顔を上げた。
それを見とめて、正面で見張りをしながら仕事をこなしていた朱衡も筆を置く。
「主上が戻られましたか」
溜息と共に呟き、静かに椅子から立ち上がる。
「帷湍が小言を言っているでしょうから、こちらにいらっしゃるにはもう少しかかるでしょう。台輔は今日は一日大人しく御政務くださり誠に感謝申し上げます」
「・・・・・・『は』ってところが嫌味だよなぁ」
「それは御自身の日頃の行いを鑑みて仰って下さい。女官に夕餉の支度をさせますか?」
さらりと毒づく朱衡に、こんな官がいるのは間違いなく雁だけだ、と思いながら六太は少し考えて答える。
「いいや、尚隆が来てからで」
「畏まりました。では、私は失礼させて頂きます」
「おー」
「明日も、どうぞ御政務が滞り無く行われますようお願い致しますね」
「・・・・・・・・・がんばりまーす」
涼しい顔で麒麟に威圧感を与えるなんて、やっぱりとんでもないぞ。
扉の向こうへと消えて行った朱衡を引きつった唇で見送って、六太は溜息を漏らした。
「・・・・・でもまぁ仕方ないよなぁ。だって、あの尚隆の臣下なんだし」
生半可な官吏じゃきっと雁はここまで復興していないだろうし、長くも続いていなかっただろう。
ただでさえ勅命が多い国だと言われているのに、朱衡や帷湍たちがいなかったらどうなっていたことやら。
そこまで考えて、六太は勢い良く頭を振る。
麒麟特有の金色の髪がそれにつられて左右に揺れた。
「あー嫌なこと考えた!」
「―――ほぉ、それは是非とも聞かせてもらいたいな」
「っ!」
衝立越しに聞こえた声に顔を上げる。
おそらく関弓に降りたままの服装なのだろう。
玄英宮にいるときより格段に庶民に近い服を着ている己の主に、六太は不機嫌そうに眉を顰めた。
「盗み聞きなんて趣味悪ぃぞ」
文句を言ってみても、尚隆は軽く笑うだけで大股に歩み寄ってくる。
「何、おまえが勝手に話しているのが聞こえただけだ。しかし独り言を呟く麒麟というのも見ていて楽しいものだな」
「〜〜〜やっぱ趣味最悪じゃねぇかっ!」
六太がもう一度噛みつくが、尚隆は長椅子に身を預けて声を上げて笑う。
からかうような顔に状況が不利なことを悟り、六太は話題を変えるべきだと判断した。
自分が尚隆に口で勝てるという事は殆どないのだ。あるとしたら、それは本当に些細なことだけ。
「・・・飯はもう食べたのかよ?」
机の上に散らばっている書簡を適当に拾って、尚隆は目を通す。
「あぁ、食堂で食べた」
「風呂は?」
「それはまだだな」
「ふーん・・・・・・」
読み終えたものを放って別のものを手に取る。
そんな主の様子を何とはなしに眺めていたから、すぐに反応できなかった。
「酒なら呑んでやってもいいぞ」
「―――・・・・・・ぇ」
突然の言葉に何を言われたのか一瞬理解できず、ようやく判って目を瞬けば、尚隆は相変わらず書簡に目を通している。
どこか気になる箇所を見つけたのか、空いている片手を伸ばして机の上を探っていて。
慌てて六太は筆に墨をつけて渡した。
さらさらと書簡に書き込みを加えていく様子に、自然と笑みが浮かんでしまう。
六太は椅子から立ち上がって、軽やかに尚隆の元へと駆け寄った。
「なぁっ! 明日は俺も関弓に行くから置いてくなよ!」
「・・・・・・おまえは明日も朱衡と御政務だろうが」
「尚隆に言われたくないって、それ。いいだろ、今日は真面目にやったんだし」
「判った判った。だからさっさと夕餉を食べろ」
「約束だからな!」
明るく言って女官に支度を頼むために走り出す。
ちらりと振り向けば、長椅子に寝転んだままひらひらと片手が振られていて。
それを見て六太は顔を綻ばせた。
部屋を出て、近くを歩いていた女官を弾んだ声で捕まえる。
「俺の夕餉、頼むな。あと尚隆の酒と肴も!」
叩頭する相手に自然と漏れる笑みを返して、また部屋に戻るために走り出す。
きっとまだ尚隆は長椅子に寝そべって書簡を読んでる。
そう考えるだけで、六太は嬉しくなる自分を感じた。



あなたのことが好き。
それだけが、真実なんです。





このあと雁主従は一緒にお風呂に入ります。水鉄砲とアヒル持参で。
2004年7月26日