02:あの日から浮かぶのはいつも決まって
登極し、しばらく経った頃。
雁国延主従に初めて会ったときのことを、氾王は今でも覚えている。
否、どんなに長い生を歩んだとしても忘れることはないだろう。
平素な服に身を包んだ偉丈夫と、服に負けず劣らず簡素な布を頭に巻いた子供。
そんな彼らが二百年の時代を誇る雁の王と宰輔だと知ったとき、なんと、と思ったものだ。よくもまぁ、このような子供が国を治めているものだと。
このような、子供二人が。
今ならば判る。
あれは己が登極してから丁度十年の、一つ目の『山』だったのだ。
その頃に範の州都へと現れた男と子供。
普通にしていれば出会わなかっただろうが、氾王は彼らと面識を得てしまった。
それもまた、ずいぶんと荒っぽい手段で。
「・・・・・・主上」
涼やかな声に、筆を走らせていた呉藍滌は顔を上げた。
鈴のような声音の持ち主は、自分をこの国の王に据えた氾麟である。
可愛らしい顔を今は心持ち戸惑いに変え、躊躇っているのか視線を左右に彷徨わせている。
そんな己の半身に、藍滌は優しく言葉をかけた。
「どうしたのかえ?」
主の声に励まされ、氾麟は顔を上げて続けた。
「あのね、誰かが来てるみたいなの」
さすがに付き合ってまだ十年。
藍滌は氾麟の言っている内容を理解できず、重ねて尋ねる。
「来てるとは・・・・・・誰ぞ?」
「判らない。でも誰か来てるの」
「・・・・・・それは」
「判るの。私、麒麟だから」
微かに泣きそうな顔で氾麟に、あぁ、とようやく藍滌は得心した。
麒麟は麒麟の気配が判る。氾麟はそのことを言っているのだろう。
けれど王である自分も、宰輔である氾麟も、まだ他国の主従に会ったことはない。
それゆえの戸惑いだろうと藍滌は思った。
「どこの麒麟か判るかえ?」
会えるものなら会ってみたい。それはきっとよい経験になるだろう。
前もって文を寄越すことなく範を訪れた他国の麒麟を訝しく思うでもなかったが、それよりも興味が勝った問いだった。
弱く首を振るのに合わせ、麒麟の証である金糸が揺れる。
「・・・・・・ごめんなさい」
「気にするでない。気配が判る距離ということは、おそらく州都にいるであろう」
そう言い、つい先ほど裁可を下した仕事を見、藍滌は笑みを浮かべた。
男ではあるが女物の襦裙を身に着けている彼は、それはそれは麗しく。
「そうじゃの、行ってみるのもよいか」
氾麟は翳らせていた表情を緩め、悪戯を含んだ主の言葉に頷いた。
それから数刻後に、氾主従は二百年の時を統べる延主従と出会うことになる。
その出会いが双方にとって良いものであったかどうかは、彼らしか知らない。
けれどその日は、範と雁、離れた二国が国交を結んだ記念すべき日になるのだった。
六太にしてみれば「尚隆に変な虫がついた!」ということになります。
2007年7月21日