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close, on a world
Last.close, on a world





ひとつ年を取り、ふたつ年を取り、花蓮はあっという間に十七歳になった。幼かった体躯も成長し、今や立派な女性に育ちつつある。赤い髪は肩口で揃え、振る舞いは令嬢らしくしとやかに。作法や学問、特に言語を多く学んでいる一方で、家事や武芸も身につけていた。料理は一通り作れるし、掃除洗濯も出来る。シュタットフェルト家の令嬢が召使のようなことを、と義母には謗られもしたけれど、いずれ来る日のために必要だと思えるものは端から手をつけていった。特に力を入れたのは武芸で、今は数人の男なら一人で倒せる。ナイフも銃も暗器も覚えたし、ナイトメアフレームは乗ったことがないけれど、知識だけは詰め込んだ。株にも手を出して、稼いだ金はキャッシュで用意してある。いつでも逃げ出せるよう、最低限の荷物は母である清美の部屋に隠してもらった。手を取り合って、ルルーシュが戻るまで頑張ろうと誓った。そして日々を重ねて、大嫌いな日本で、大嫌いなブリタニアの支配の中を生きている。
エリア11になって五年経ち、治安もだいぶ良くなったので花蓮は車の送迎ではなく徒歩と電車で通学していた。ゲットーには近づかない。兄の友人だった扇とも関係を絶った。ブリタニア人で賑わう場所にも近づかない。両者の血が流れているとはいえ、花蓮は日本とブリタニアの両方が憎かった。だけど事を起こさないのは、兄が望んだからだ。復讐などせず平和に生きてくれ、と。
家に早く帰りすぎて義母と顔を合わせるのも嫌なので、花蓮はいつも公園で放課後の時間を潰す。その後をひとつの影がついてくる。兄が亡くなり、ルルーシュが姿を消した後、少ししてアッシュフォード学園に転入してきた生徒だ。名誉ブリタニア人を名乗っている彼の本当の目的が自分の監視であることを花蓮は察していた。いずれルルーシュが花蓮と接触すると考えているのだろう。馬鹿馬鹿しい、と花蓮は心の底から思っていた。愚かすぎる。そんなことを考える人間たちも。その命令に疑うこともなく従う、枢木朱雀も。
かといって言ってやるほど花蓮は親切ではないし、軽蔑しているけれど近づいてこないのなら、こちらから近づくこともない。いざとなれば殴って蹴り飛ばせばいい。そのときを想像するだけで花蓮の心は愉悦に躍った。
風が花蓮の髪を揺らす。柔らかな午後の光。緑の匂い。一定距離にいる枢木朱雀の気配が跳ねる。花蓮の視界が優しく塞がれる。
「・・・・・・ただいま」
五年ぶりの声だった。低くなっている。だけど分かる。後ろから抱き締めてくる腕の強さ。温かい体温。すべてが求めていたもので、花蓮の瞳が瞬く間に涙に滲んだ。回された腕にしがみつく。
「遅いわよ・・・・・・っ!」
「悪かった」
「ずっと、待ってたんだから!」
ざざっと茂みが音を立て、剣呑な気配が近寄ってくる。腕が緩み、花蓮は後ろを振り向いた。ルルーシュに寄り添うようにして、その向こうの枢木朱雀を睨みつける。もはやこんな男には馬鹿馬鹿しさすら浮かんでこない。ルルーシュが隣にいる。それだけで自分は誰とだって相対できる。確固たる自信が花蓮の中に溢れ出てきた。
「おまえ・・・・・・!」
「久しぶりだな、枢木朱雀」
「知ってるの?」
「ああ。五年前に何度か顔を合わせた。とは言っても、一方的に睨まれただけだが」
「私も同じよ。一方的に見張られているだけ」
枢木朱雀の顔が歪む。嘲りと取ったのか屈辱と取ったのか、そんなことどうでもいい。くす、と花蓮が声に出して笑えば、相手の視線が厳しく自分を貫いた。その瞬間を逃さず、ルルーシュが手に持っていた小石を朱雀の足元に投げる。身をかわした瞬間を狙って、鋭い鍼が朱雀を襲った。裁縫に使う針よりも長さのあるそれが刺さった次の瞬間、身体が芝生の上に崩れる。朱雀自身何をされたのか分からないらしく、目だけが二人をを見上げた。ルルーシュの手袋に包まれている指先が、複数の鍼を構えている。
「筋肉を弛緩させる経穴を突いた。丸一日はそのまま動けない」
通りから見えないよう茂みの濃い場所に朱雀を引きずり、その制服のポケットから携帯電話と財布を取り出して鞄に移す。GPS機能を持っているだろうから後で適当なトラックに放り込もう、とルルーシュは言った。花蓮はその様子を感心したように眺める。
「今の、何? その鍼って何なの?」
「中華連邦で習った武術のひとつだ。人体の急所を突くことで相手を仕留める」
「へぇ、すごい」
「五感と声帯も奪っておこう。何、一日もすれば元に戻るさ」
ルルーシュはかがんで、射殺すように睨み付けてくる朱雀に、鍼をもう数本打ち込んだ。木を背にするように座らせて、一見すれば寝ているだけだと思われるように体勢を整える。これでよし、と二人は朱雀を見下ろした。
「お別れだ、枢木朱雀」
「私たちはもう、日本ともブリタニアなんかとも関わらずに生きていく。あんたは馬鹿みたいに何も考えず、戦い続けて死ねばいいわ」
「おまえの世界がいつか、おまえの手で啓かれるように」
聞こえていないと分かりながら別れの言葉を綴る。返事は当然無く、ルルーシュと花蓮は背を向けて歩き出した。公園の道路沿いに止まっていた遠距離貨物トラックのコンテナの上に、朱雀の鞄を放り投げる。運転手が気づかず走り出したのを見送って、二人は逆の方向に歩き出した。一歩先を行くルルーシュの手が、花蓮のそれを握り締めている。五年の月日を経て花蓮はずいぶんと背が伸びたつもりだったけれど、それよりもルルーシュの方が高くなっている。別れたときはルルーシュの方が小さかったのに。手も、ずいぶんと大きい。骨ばっていて、だけど細い指。変わらない体温。見上げる背に、無造作に結わかれた髪が流れている。漆黒のそれは艶を失っておらず、腰まで届きそうなほどになっていた。着ている服はコートだろうか。日本でもブリタニアでもあまり見ない型で、靴も初めて見るものだ。だけどルルーシュだ。紛れもない、花蓮の。そう思ったらまた涙が込み上げてきた。
「ルルーシュ、お願い、顔を見せて」
懇願に、手が強く引かれる。早足で駆けて、人通りの多い路地からビルの裏に回る。非常階段の下は明かりがまばらだったけれど、それでも相手を見ることが出来た。伸ばした指先が、ちゃんと頬に触れる。紫の瞳が震えて、花蓮も堪えきれず涙が溢れた。互いに互いの目だけを見詰め合って、きつくきつく抱き締めあう。
「花蓮・・・っ」
「ルルーシュ、ルルーシュ、ルルーシュ・・・!」
「会いたかった・・・・・・!」
私も、という言葉は言えただろうか。頬に手を添えられて、額を当てるように少しだけ離れる。相手の瞳に自分が映っていることが嬉しい。ルルーシュの手が花蓮の赤い髪を撫でる。
「元気だった? 背が伸びたのね。だけど変わってない。綺麗よ、ルルーシュ、すごく綺麗」
「花蓮も変わらない。相変わらず俺より凛々しくて、なのに存外泣き虫だ」
「馬鹿、口は悪くなったじゃない」
「花蓮こそ、お嬢様なんだろう?」
「それも今日までよ。ねぇ、連れて行ってくれるんでしょ? もう離れないでいいのよね? ルルーシュと、一緒にいられるのよね?」
今度こそ置いていったら許さない。そんな気持ちで握る手に力をこめれば、ルルーシュは眉を下げた。花蓮の両肩をそっと掴み、告げる声は掠れている。
「・・・・・・花蓮」
泣きそうな声だったけれど、笑顔だったから頷いた。
「俺は、花蓮に救われた。花蓮が俺を肯定してくれたから、俺は俺として生きることが出来ている。本当に感謝している」
「ルルーシュ」
「俺はまだ弱いし、直人みたいな包容力も無い。運動能力じゃ相変わらず花蓮に勝てないだろうし、逃亡中のブリタニア皇子なんて経歴もついてくる。迷惑をかけることも多いだろう。だけど、それでも」
光が差し込み、二人を浮かび上がらせる。輝いたルルーシュの頬を雫が滑り落ち、吸い込まれるようなそれを、花蓮は愛しいと思った。唇で拭いたいと思った。
「俺は、花蓮と共に生きていきたい。花蓮が泣きそうなときは肩を貸したい。辛いときは助けたい。互いに背を預けあって、生きて、いきたい」
そっと身体が離される。開いた距離に花蓮が見つめると、ルルーシュは嵌めていた手袋を外す。そのまま差し出された手は、形は綺麗なのに小さな傷が幾つもついた、生きてきたルルーシュの手だった。愛している。声が聞こえる。

「だから花蓮、俺と一緒に来てほしい」

―――それは、甘い、恋の言葉ではない。だけど好意よりも深い。隣に立ち、背を守り、互いを預ける存在になってほしいと、ルルーシュは言った。それは戦友に近い。愛に近い。だけど世界は、自分の足元に。
限りなく傍にある人間として、ルルーシュは花蓮を選んでくれた。彼自身の意志で。
喜びに震えそうになる唇を叱咤して、だけど嬉しさを抑えきれず、目尻が下がって笑ってしまった。当然でしょ、という言葉は声にならなかった。ルルーシュの手を両手で掴み、最高の力を込めた。
「馬鹿・・・っ・・・そんな覚悟、とっくの昔に出来てるわよ! 私だってずっとルルーシュに救われてきた。お兄ちゃんが死んじゃっても、ルルーシュがいてくれたからやってこれた」
「・・・・・・花蓮」
「一人じゃ弱いけど、支えあってなら自分の足で世界に立てる。その強さならある! 私にも、ルルーシュにも!」
「・・・・・・やっぱり敵わないな」
ルルーシュがくしゃりと笑ったけれど、そこにも花蓮と同じく堪えきれない嬉しさが浮かんでいた。泣いたことで赤く腫れてしまった頬を優しく拭われる。花蓮もルルーシュの頬を伝った涙をそっと擦った。小さな笑い声が二人の間で漏れて、これ以上ないほど幸せだと思う。指を絡ませて手を握り、今度は並んで歩き出した。
「中華連邦に家を用意してある。花蓮の荷物は清美さんが持ってきてくれるって言ってたから、これから落ち合って、21時の便で日本を発つ」
「中華連邦っていうと中国語よね? 任せて、喋れるわ」
「向こうで知り合った人が仕事を世話してくれると言っていた。それと・・・・・・花蓮と清美さんさえ良ければ、いずれナナリーとも一緒に暮らしたい」
「ナナリーって、妹の?」
「ああ。エリア11戦争以降はナイトメアフレームに乗れず、今はコーネリア姉上が庇護してくださっているらしい。母上によって作られた感情かもしれないが、やはりナナリーは俺の大切な妹だから」
「ルルーシュが決めたなら何も言わないわ。仲良くなれればいいけど」
「なれるさ。こうして俺を変えてくれた花蓮なら」
語りながら歩く未来は厳しいものかもしれない。苦しいものかもしれない。また戦いに巻き込まれて涙する日が来るかもしれない。だけど、自分を見ていてくれる誰かがいるなら、生きていける。この人と出会って、それを知った。



限りなく近い、別の世界に立って。
自分の意志で築ける、自分のための未来を。





全14話、お付き合いくださりありがとうございました!
2007年11月11日