close, on a world
13.our life is now over and now start
ベッドの枕元に置いていた携帯電話が震えたのは、花蓮がベッドに入って二時間ほど経った頃だった。あまりにも振動が続くので、浮上しかけた意識で手を伸ばす。二つ折りのそれを開き、惰性で通話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし・・・・・・?」
『・・・・・・花蓮。僕だ。ルルーシュだ』
「ルルーシュ・・・? どうしたの、こんな時間に・・・」
『話したいことがある。出て来れないか?』
「出て来いって、どこに・・・」
『シュタットフェルト家の裏門から入って、右手奥の茂みの中にいる』
そこでようやく、意識が睡眠から目覚めた。シュタットフェルト家の茂み。慌てて布団を跳ね除けて起き上がる。
「えっ・・・ちょっと、何で!? 本当にそこにいるの!?」
『あぁ。・・・・・・誰にも見つからないように来て欲しい』
「分かった、すぐ行くから!」
携帯を一度切って、パジャマの上からカーディガンを羽織る。時刻はもう日付を越えている。この時間なら義母も寝ているだろう。後はメイドにだけ気をつけていけばいい。母のことが頭を掠めたけれど、きっともう休んでいるだろう。そう考えて花蓮は靴を手に持って、裸足で廊下を駆けぬけた。角では身を潜めて、先をうかがってから進む。裏手のドアはすでに鍵がかかっており、そっと外した。裏庭は木々ばかりで暗いけれど、月明かりが僅かに周囲を照らしてくれる。裏門から入って右手奥の茂み。ルルーシュの言っていた方へ、花蓮は靴をはいて近寄った。
「ルルーシュー・・・?」
「・・・・・・花蓮」
囁くように呼べば、一番奥の植木から声が聞こえた。電話越しでなく、直接声を聞くのは久しぶりだ。こんなに近くで対面するのも二ヶ月ぶりのことになる。嬉しくて駆け寄った花蓮は、茂みを掻き分けて現れた姿に笑いかけようとして眉を顰めた。鉄のような臭いが充満している。大木の葉の間から差し込んだ月光が、ルルーシュにこびりついている血を浮かび上がらせた。思わず大声で大丈夫かと尋ねそうになったところを、腕を引かれて茂みの中に連れ込まれる。額を合わせるような距離になって、更に血の臭いが強まる。握られた手は震えていた。
「・・・・・・花蓮、聞いてくれ」
「な、何?」
近すぎる瞳が痛切に歪んでいるのが見えて、花蓮の心が嫌な予感に震えた。搾り出された声が吐息と共に届く。
「直人が、死んだ」
握られている手のひらの中、固いものがある。ゆっくりと放されて開いてみれば、そこには花蓮の宝物であるキーホルダーと同じものがあった。木で出来たNの文字。花蓮はKで、母も清美だからK。そしてルルーシュはL。Nの文字は、兄の名前の頭文字。直人のN。じゃあ、このべっとりと付着している血も。
「うそ・・・・・・」
信じたくない。キーホルダーから花蓮の手のひらに血が伝わる。これが兄のものだなんて。
「嘘でしょ? 嘘よね、ルルーシュ。ねぇ、嘘でしょ?」
尋ねるが返答はない。目の前のルルーシュは眼差しを伏せている。僅かに見える口元は、きつく食い縛られていた。かちかち、と歯が鳴り始める。
「・・・・・・今夜の、活動の、後だった。アジトに帰ってきたところを、後ろから撃たれて」
「撃たれたって・・・・・・何、で。誰に」
「・・・・・・軍人ではないけれど、ブリタニア人の男だ」
ざぁっと怒りが全身を駆け抜けた。ブリタニア。一体いくつ奪えば気が済むというのだ。ルルーシュから愛を、花蓮から家族を、日本を、そして今度は兄までも。すべて奪っていく。ブリタニアが、ブリタニアが。
「ブリタニア・・・・・・っ!」
「違うんだ、花蓮! 聞いてくれ!」
染まりあがった視界を引き止めるようにルルーシュが腕を掴む。合わせた瞳が苦しげだった。彼は必死に言い募る。
「藤堂さんの、紅月グループとは別の、信頼できる日本人の人の部下がずっと直人を気にしてくれていて、直人を撃った男を捕まえてくれた。確かにその男はブリタニア人だった。だけど違うんだ。その男は頼まれて直人を撃った」
「誰に!? 誰によっ! 誰がお兄ちゃんを・・・・・・!」
「NAC。イレブンの統治機関であり、日本奪回のテロ活動を支援している元日本内閣に近い団体だ」
―――彼らが、直人を殺した。
風が吹く。葉が揺れる。月が隠れ闇が落ちる。言葉を失った花蓮に、ルルーシュは一通の手紙を差し出した。宛名は、見慣れた兄の字。
「・・・・・・直人から、花蓮と清美さんに」
いつも忍ばせていたらしくて、最期に渡された。告げるルルーシュの手と同じく、封筒も赤く染まっている。ボロボロのそれに、花蓮はキーホルダーを握り締めて手を伸ばした。震えた。
お世辞にも上手とは言えない、だけど花蓮の大好きな字で、手紙は綴られていた。
先に逝くことの謝罪。遺してしまうことの謝罪。だけどこれが選んだ道なのだと、日本という国は醜く、酷く愚かな国だけれども、それでもどうにかしたかったのだと、己で選んだのだから後悔していないと。ただ、変えてやれなくて済まなかったと。
ルルーシュに我を通したことの侘びと感謝。花蓮に母とルルーシュを、母に花蓮とルルーシュを頼むとの旨。幸せになれと、綴られた祈り。
復讐など考えず、おまえたちは日本ともブリタニアとも違う国で平和に暮らしてくれ。愛している。
一文字、一文字、読み進めるにつれて、花蓮の涙がとめどなく溢れた。滴が零れて手紙に落ちる。花蓮の涙が直人の血と混ざり合った。そのことが悲しくて堪らない。
「お兄ちゃん・・・・・・っ!」
手紙を握り締めて、花蓮は声を殺して泣いた。もういない。もういなくなってしまった、花蓮の兄。自慢だった。愛していた。憧れだった。大好きだった。苗字が変わろうと住む場所が離れようと、心だけは常に共にあった。大好きだった。
「・・・・・・NACの狙いは僕だ。僕がこのまま傍にいれば、いずれ必ず巻き込んでしまう。それじゃ直人に申し訳が立たない」
「っ・・・やだ! ルルーシュまでいなくなるの!? 嫌よ、そんなの! 絶対に嫌っ!」
「日本を出て、安心して暮らせる場所を探してくる。必ず帰ってくる。迎えに来る。必ず、必ず」
「嫌! 連れて行って!」
「・・・・・・花蓮」
「ルルーシュ!」
しがみついて請うた。兄に逝かれて、これ以上置いていかれたくなかった。ルルーシュからは血の臭いがしたけれど、それも兄のものなら気にならない。伝わってくる体温が命を感じさせて苦しい。抱きついて、抱き締められて、二人してきつく掴み合って泣き続けた。月光が照らす、幼年期の終わり。
朝焼けが来る前に、ルルーシュはシンジュクを離れた。
花蓮は残り、母と共に待ち続けることを約束した。
互いに自分の足で、世界に立ち続けることを誓って。
信じてる。自分のことを、あなたのことを。
2007年11月10日