close, on a world
11.the navigating star
ルルーシュは要請がある度にNACを訪れる。それは大体の場合にして突然が多く、紅月グループのアジトの前に漆黒の車が横付けされることがほとんどだ。メンバーたちは興味と不審の眼差しで迎えの男とそれに従うルルーシュを見るけれども、リーダーである直人がうまく抑え、丸め込んでくれている。防弾ガラスから見える風景を眺めて数時間。地下に潜り、施設を越え、今や削られつつある富士山を一望できる場所に辿りつく。外からドアを開けられて降りれば、そこは完全なる要塞だ。見事なものだ、とルルーシュは常に皮肉を感じてしまう。日本はブリタニアに敗北したことで、軍事力の格段の向上を得た。もともとサクラダイトの産出国であり、技術でも世界有数の腕前を持つ国なのだ。ブリタニアを模したナイトメアフレームももうすぐ完成すると聞いている。自らを負かした相手の技術さえ盗むところに、日本の強かさを感じてやまない。
「どうぞ、こちらへ。桐原様がお待ちです」
呼び出しのほとんどにおいて、ルルーシュは各地のテロリスト活動のためにブリタニアの情報や軍配置について提言をさせられる。NACのトップであり日本最後の首相であった枢木玄武他、幹部たちの前でブリタニアについて述べるのが仕事だ。しかし、桐原に呼ばれたときだけは違う。彼は少数の護衛だけがいる部屋にルルーシュを招き、戦局だけでなく政局、今後の展開について尋ねることが多かった。先を読む者として、桐原に認められている自分をルルーシュは察している。そしておそらくそれは、枢木玄武の意には沿わぬことなのだろう。NACとて一枚岩ではない。様々な謀略が蠢いている。国は違えど人は人なのだと、ルルーシュは思ってしまっていた。直人がテロリスト活動に参加していなければ、NACになど係わり合いになりたくもない。こんな、父や母のような人間たちなんかなど。
「・・・・・・やぁ」
今日も桐原と対話を終え、後は帰るばかりになっていたルルーシュに、その男は慣れない挨拶をかけてきた。藤堂鏡士朗という名は、先のブリタニアとの戦争でナイトメアフレームの部隊を倒したと一躍有名になっている。その藤堂がNACに出入りしていることに疑問はないし、ルルーシュも実際に何度か会議で顔を合わせている。しかし話すのは初めての相手に、見上げて一度だけ目を瞬いた。それでも愛想よく笑みを浮かべ答える。
「こんにちは、藤堂さん」
「もう、用事は終わったのか?」
「はい」
「じゃあ少し付き合わないか? ナイトメアフレームが完成したらしい。私もこれから見に行くんだが、是非一緒に行って意見を聞かせてくれ」
言葉遣いは子供に対する優しいものだが、そういった使い方をあまりしたことがないのだろう。戸惑いの中に違うものが含まれていることに気づき、ルルーシュはちらりと案内の男を見上げた。藤堂はそれを悟り、「少しだけだからいいだろう?」と男から許可を得る。それでは玄関でお待ちしております、と言って男は去っていった。運転手と見張りを兼ねていた存在がいなくなり、ルルーシュは僅かに肩を緩ませる。藤堂がその様子に目を細めた。
「こっちだ」
促されて従う。入り組んだ廊下を覚える気はないが、ルルーシュの脳は自然と刻み込んでいく。会話はない。たどり着いたラボでは、複数の技術者の中心でグレーのナイトメアフレームが威風堂々と立っていた。繋がれている配線以外は、もはやブリタニア軍が戦場で見せたそれに等しい。
「少し乗ってみても構わないだろうか」
「あぁ、藤堂さん。乗るのはいいですけど、動かしたりはしないでくださいね。まだ試運転はしてないんで」
「分かった」
ちらりと視線を寄越されて、ルルーシュも彼についてコードを踏まないようナイトメアフレームに近づく。設置されている階段を登ってコクピットを覗き込めば、ボタンの配置こそ違うが完璧な模造だ。シートに座った藤堂が、はたと気づいたように眉を歪めたので、ルルーシュは「失礼」と告げてから彼の膝の上に滑り込んだ。狭いけれど仕方がない。ここが今のNACの中で、最も安全に会話を出来る場所なのだから。ロックを閉めてしまえば、もう外からは介入できない。
「―――紅月直人から目を離さない方がいい」
潜められた声は子供に対してのそれではない。予期していたとはいえ、告げられた内容があまりに醜く、ルルーシュは溜息を吐き出した。
「君たちさえ良ければ、私の隊で引き受けても構わない」
「ありがたいお言葉ですが、おそらく直人が断るでしょう」
「・・・・・・みすみす死なせたくはない。紅月は今後の日本を作っていける青年だ」
「だけど直人は、今の日本を信じたがっています。僕も・・・その思いを、壊したくはない」
藤堂が苦虫を噛み潰したように眉を寄せる。ルルーシュも唇を噛み締めて並ぶボタンの羅列を指先でなぞった。ルルーシュがNACに協力している理由は、紅月直人という人間がいるからだ。そのことをNACの幹部たちは知っている。知っている上でルルーシュを引き留めて、更なる協力をさせるために直人を殺害しようとしているのだ。ブリタニア人が殺したように見せかければ、ルルーシュは復讐のために立ち上がる。ブリタニア皇子による反逆の絵図は、NACの描く理想的な帝国の内部分裂だ。いざとなれば切り捨てればいいだけであって、失ったとしても痛くはない。そこまで読み取れる自分に嫌気が差して、ルルーシュは拳を握る。
「桐原翁なら直人を活かす方法を考えるでしょう。とすると枢木代表ですか?」
「・・・・・・シンジュクゲットーには多くの活動命令が下される。それに紛れて行われるだろう」
「直人を殺してまで得る価値など、僕には無いというのに」
うっすらとルルーシュは笑った。そう、直人を殺してまで得る価値など、自分にはない。自分にあるのは先を読む能力と、人より少しだけ回る頭脳、ブリタニア皇室の血統、それくらいだ。そんなもの、直人の存在と比べるべくもない。それなのに、己の欲望のために秤を狂わせている人間たちに、ルルーシュは睥睨してしまう。人はやはり、自分のことしか考えられないのだ。
これ以上篭っていれば流石に怪しまれる。ルルーシュは今度は純粋に藤堂に向けて笑いかけた。
「教えてくださりありがとうございました」
「・・・・・・いや、何も出来ず済まない」
「十分です。あなたのような方がいてくださることに救われます。僕も、きっと直人も」
ロックを開けると天井の蛍光灯が差し込んでくる。目に悪い光から顔を逸らし、ルルーシュは下を向いた。その途端、翡翠の瞳と視線が重なる。茶色の髪。険しい眼差しが何から来るのか知っているからこそ、吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。彼はかつての自分と同じだ。父親によって与えられている世界の中で、父親によって作られながら生きている。枢木玄武のミニチュア、枢木朱雀。そして己の持つものが正義だと信じているところが、かつてのルルーシュと違った。
タラップを降りる。擦れ違う。言葉を交わすことはない。実のない憎悪を背に受けながら、ルルーシュはNACを後にした。
人は国など関係ない。尊敬できるか否かだ。
2007年11月8日