close, on a world
9.No kiss, No hug, just coming to Say Loving You.





ナナリーにとって、ナイトメアフレームは己の足だ。動くことが叶わず、痛みすら感じられない己の足。その機能を補い、地を闊歩してくれるのがナイトメアフレームだ。ものすごいスピードで駆け抜けてくれる。いろんな武器を構えてくれる。スイッチを押せばトリガーを引き、敵を残らず倒してくれる。ナナリーの身体では出来ないことを、ナイトメアフレームは代わりに行ってくれる。素敵、とナナリーは心から思っていた。己にナイトメアフレームを与えてくれた父に、心から感謝していた。
初めての戦場だけれど、敵はナイトメアフレームではないこともあり簡単に決着が着いていく。このままでは日本もすぐにナンバーズへと変わるだろう。その日が来るまで自分は、戦場にてナイトメアフレームを駆り続けていればいい。素敵、と呟いたナナリーに友軍機が通信を入れてきた。指揮官であり皇女でもあるナナリーの機体に通信できる相手は限られている。けれど発されたコードは一般兵のものだった。だが、紡がれた声は違った。
『ナナリー』
血が、愛が、執着が、思い出が、鼓動を止めさせた。信じられず目を瞠り、近づいてくるナイトメアフレームを見つめる。機体は目の前にあるのに、ナナリーの画面にその存在は印されていない。だからか、この場には二人きり。うそ、と唇が戦慄いた。
『ナナリー、聞こえている? 聞こえているなら返事をして欲しい』
「お兄、様・・・・・・?」
『そうだよ。ルルーシュだ』
十メートルの位置で止まったナイトメアフレームがコクピットを開け、そこに少年が立ち上がる。鏡を見ればある、紫玉の瞳。遺影を見ればある、漆黒の髪。その背は覚えているよりも高かった。顔立ちも、少しだけ大人になっていた。分かる。あれは、ナナリーの兄。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。―――自分を見捨てて、ブリタニアから逃げた男。
「っ!」
歯を食いしばって銃を向けた。その風が目の前の少年の、ルルーシュの、兄の長い黒髪を左右に揺らす。それでも彼の姿は揺るがない。幻ではないのだと、ナナリーに教える。
「そのままでいい。だから聞いてくれ、ナナリー」
「聞くことなどありません! あなたは私を裏切った!」
「あぁ、そうだ。否定はしない。だけど伝えなくちゃいけないことがある。母上の死の真相だ」
「お、母様の・・・・・・?」
「母上の死はテロリストによるものじゃない。あの夜に起こったことはすべて、巧妙に仕組まれた母上の自作だ」
何を言っているのか分からなかった。自作? 一体何が。ナナリーはただ、目を見開いたままルルーシュを見つめる。
「事件の後、調べた。あの夜、アリエスの離宮には必要最低限の警備兵しか配置されていなかった。兵を減らすよう指示をしたのは母上だ。アリエスの離宮は皇帝の居住である宮殿内にある。テロリストが誰にも知られず入ってこれるような場所ではない。ましてや、誰の手引きもなく」
「何、を」
「『閃光のマリアンヌ』の名を戴いた母上が、ナナリーを抱き締めてその場に伏せたことも疑問の一つだった。一度でも軍の訓練を受けた者なら、すぐに物陰に身を隠すだろう。それなのにそうしなかった」
「だから! だから何ですか!? 何を仰りたいんですか!?」
「あの夜の出来事は、すべて母上の計画だった。ナナリー、おまえのその怪我も、母上自身の死も、そのことで僕が父上に、ブリタニア皇帝に反意を抱くこともすべて」
時が、止まったようだった。戦場だというのが嘘のように静かで、コクピットの中に鳴り響くダールトンからの通信がうるさくて、殴るように切断し、ナナリーもコクピットを開く。吹き付ける風がひとつにまとめた髪をばら撒く。至近距離であいまみえる兄は、酷く静かな顔をしていた。
「今の発言はお母様に対する侮辱です! いくらルルーシュお兄様といえど許せません!」
「すべては母上の企みだった。母上の父上に対する計画の一端に、僕もナナリーも巻き込まれたんだ」
「証拠がありません! 第一お父様に対する計画って何ですか!? お父様とお母様は夫婦です! それなのに何で・・・っ」
「母上と父上の間に愛は存在しない。少なくとも、父上は母上に愛は抱いていない。母上が亡くなった後にテロリストを捕縛することもせず、母上に会いにも来なかったのがその証拠だ」
「嘘です! 嘘っ! だってお父様は私にナイトメアをくれた!」
「自分の娘を戦場に立たせる行為が愛なんて、僕は認めない」
乱れない、冷静すぎる声が苛立ちを募らせる。コクピットに装備されている銃を抜き、ナナリーはルルーシュに向けて構えた。足が動かないから立ち上がることは出来ないけれど、この距離からでも狙える。生身で銃を引くのは初めてだけれど、コーネリア姉上に習ったことを果たせばいい。ナナリーはトリガーに指をかけた。
「お父様は私にナイトメアフレームをくれた! お兄様とは違います! お兄様はっ・・・・・・私を放って、皇室から逃げ出したくせに!」
何を今更、と叫んだ声は動揺に震えていた。父親に関してではない。自分が見捨てられたのだと、そう口にしたことが更に涙を誘う。捨てられた。見捨てられた。おまえの兄はおまえを置いてブリタニア皇室を出て行った。おまえは捨てられたのだ。マリアンヌもいない。おまえはもう一人だ。そう言った父、ブリタニア皇帝。
「そうだ。僕はナナリーを置いて皇室を出た。そのことを否定しようとは思わない」
「残された私がどう思ったか! 足も動かなくて、お母様もいなくて! 私を守ってくれると言ってくださったお兄様に裏切られて・・・! どうして・・・・・・っ」
泣いて泣いて泣いて、目が溶けるほど泣いたと思ったのに、それでもまだ涙が溢れ出てくる。おまえに足を与えてやろう。そう言って、最新式のナイトメアフレームをくれた父。ナナリーはお転婆さんね。そう言って、柔らかな笑顔で見守ってくれた母。僕が必ずナナリーを守るよ。そう言って、まるで騎士のように振舞ってくれた兄。そのすべてが仕組まれていたものだなんて、嘘だなんて信じたくない。
「どうしてですか、お兄様! どうして、どうしてっ!」
「気づくんだ、ナナリー。世界は母上の作り上げたアリエスの離宮のように美しくない。人は誰もが己のために生きている。父上も、母上も、そして僕も」
「嫌ですっ! お兄様は私を守ってくれると言いました! 守ってください! お願いです、ナナリーを守ってくださいっ! 一緒にいてください! 昔みたいに、ナナリーの傍に、ナナリーを守ってください! お願いです・・・っ・・・お兄様・・・!」
「ナナリー。分かってくれ。僕は誰かを守れるほど強い人間じゃなかった。誰かに背を預けて、肯定してもらって、そしてやっと誰かを守ろうと思える、そんな弱い人間だ。きっと父上も、母上も、己のことを一番に考えてしまう弱い人間なんだ」
「じゃあ私が肯定します! だから、お兄様っ!」
「駄目だ。僕を知っている人に肯定されても、僕は僕を信じられない」
叫んでも届かない。手を伸ばしても届かない。遠い。兄が遠い。もう手の届かなくなってしまった母。届かなくなろうとしている兄。届いたことがあっただろうか、父。誰もが自分を置いていく。誰もが自分の傍から去っていく。どうして、どうして!
涙が滝のように頬を伝い、手が震えて銃を落とした。ルルーシュの顔が見えない。兄は一体どんな顔をしているのだろうか。どんな顔で、自分を。
「気づいてくれ、ナナリー。人は誰もがひとりだ。自分のために生きていく」
「お兄様・・・・・・っ」
「僕を憎んでくれていい。恨んでくれていい。だからナナリーも、父上に与えられてではなく、自分で自分の道を選んでくれ」
「分かりません、そんなの・・・・・・」
「いつか、分かる日が来る。その日が少しでも早いことを・・・・・・祈っているよ」
別れだ。兄は去っていくつもりだ。それが分かったからこそナナリーはすぐさまコクピットを閉め、だらりと垂れていただったナイトメアフレームの両腕を持ち上げた。「ルルーシュ!」と誰かが叫んで、立っていた兄を中に引きずり込む。仲間がいたのだと、ナナリーはそのときようやく思い当たった。誰だ。私のルルーシュお兄様を、ルルーシュお兄様を奪ったのは誰だ。誰かが、兄を。私の兄を! 誰かが!
「ああああああああああっ!」
ナナリーはひたすらに銃を放ち続けた。弾が尽きても、周囲の景色が変わっても、相手のコクピットが脱出していたのにも気づかずに、ただただ攻撃をし続けた。動きを止めればルルーシュが一緒にいてくれるようになると信じて。それだけを信じて。
―――視界が闇に染まる。





愛しているよ、ナナリー。僕の妹。この想いが仕組まれたものでないことを、心から祈る。
2007年11月4日