時の娘
5.既知を報告





ナイトメアフレームはまだまだ進化するらしい。新たな武器やシステムが開発される度に、テストパイロットとしてマリアンヌは招集される。己の後見人であるルーベン・アッシュフォードと、ガニメデの開発者であるアルブレヒト・アインシュタインを前に、マリアンヌは「そういえば」と話を切り出した。
「そういえば、お二人にご相談したいことがありまして」
「相談?」
「些事なのですけれども、出来ればご意見を仰ぎたくて」
「どうしたんだい? 構わないよ、何でも言ってごらん」
ルーベンもアルブレヒトも手にしていた設計図と会計書類を置いて、話を聞く態勢を作ってくれる。己の父ほど年齢の離れている彼らを、マリアンヌは本当の肉親のように慕っていた。彼らも優秀なパイロットであり、また美しい娘であるマリアンヌを実の子のように可愛がってくれている。だからこそマリアンヌは手にしていた紅茶のカップを置き、わざとらしく頬に手を当てて小さな溜息を吐き出してみせた。
「実は、ある男性に求婚されているのですけれど、どうすればよいものでしょうか」
突拍子もない発言に、しばしの後男二人の絶叫が響いた。



ルーベンとアルブレヒトが冷静さを取り戻すのには、少なくとも三十分以上の時間が必要だった。ギアスで見るまでもなく分かっていた二人の動揺を、マリアンヌは微笑ましいものを見るような気持ちで眺めてしまう。今もルーベンは視線を忙しなく左右に彷徨わせているし、アルブレヒトは再度会計書類に目を通そうとして失敗している。結局のところ諦めがついたのか、二人とも息を深く吐き出してようやく顔を上げた。
「そ、その、マリアンヌ・・・」
「はい」
「本当、なのかね? 君がその・・・・・・求婚、されたというのは」
「はい。妻に欲しいと言われました」
「そうか・・・」
はっきりと言えば、二人の肩が更に落ちた。しかしすぐに平静を取り戻したのはルーベンで、貴族の最高位である大公爵に相応しい表情で、真剣にマリアンヌを見つめてくる。
「その男は、君が騎士候になったから近づいてきたのではないのかね? 何か狙いがあってのことでは?」
「相手の方は、わたくしよりも上の位を持つ方です。軍人としてのわたくしは、軍の持ち物。大した使い道はないでしょう」
「アッシュフォード家との繋がりを望む者かもしれん」
「でしたら、わたくしに直接ではなく、ルーベン様を通して申し込まれるのが定石かと」
「しかし・・・」
言い倦む二人が何に悩んでいるのか、マリアンヌには手に取るように分かった。可愛がっている娘と優秀なパイロット、その両方を同時に失うかもしれない事態に頭を痛めているのだろう。少なくとも片方の心配は取り除けるため、マリアンヌは言葉を連ねる。
「結婚しても、少なくとも子供が出来るまでは軍人として戦場に出ても構わないそうです。むしろ積極的に出て欲しいと言われました」
「そうか、それは良かった」
アルブレヒトはあからさまに安堵したようだったが、ルーベンは逆に眉を顰めた。
「・・・マリアンヌ、君はその男を愛しているのかね?」
「さぁ。それは正直に申し上げて、わたくしにも分かりません」
ですが、とマリアンヌは微笑む。
「わたくしへの想いを周囲の者に冷やかされ、首筋まで赤く染めたあの方は愛らしいと思いました」
「・・・・・・そうか、それならいい」
眦が下げられたのは、仕方ないといった意味合いを含んでいたのかもしれない。僅かな罪悪感を覚えつつも、マリアンヌは自分がこの結婚を承諾するだろうことを理解していた。相手は最高君主であったし、その言葉はどんな些細なものであろうと命令に早変わりする。多少の腕はあっても所詮一介の兵士でしかないマリアンヌに、その命令を断る権利はないのだ。
それに何より、決定的な証拠があった。あの玉座の間で見詰め合ったとき、マリアンヌは一瞬だけ己の瞳を朱に染めたのだ。それでも未来は見えなかった。つまり、彼はマリアンヌの人生に深く関わる人間なのだ。
ふふ、とマリアンヌは唇を綻ばせ、前に座るルーベンとアルブレヒトに対して頭を下げる。
「それでは、わたくしマリアンヌ・ランペルージは、明日よりシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下の第三十二番目の妻となります。今まで育てていただいた御恩は決して忘れません。今後ともどうか、よろしくお願い申し上げます」
あんぐりと大口を開いて固まった二人を、マリアンヌは決して忘れることがないだろう。思わず声をあげて笑ってしまって、彼らの目の前で両手を振ってみるけれども反応は返らない。結局ルーベンとアルブレヒトが我を取り戻すまでに、今度は一時間以上かかってしまうのだった。





OKの返事をしたときに、あの人がまた嬉しそうに目元を綻ばせたものだから。だから、私は。
2008年7月21日