時の娘
4.赤を手繰り寄せる
その時は思っていたよりも早くやってきた。否、「その機会」が本当にあるとはマリアンヌは考えていなかった。ガニメデを操って五つ目の国をエリアに下して帰還した後、マリアンヌだけが散開する前に上官に呼ばれたのだ。疲れていた身体を寮のベッドで休めようと考えていたのに、何かと思って従えば、手渡されたのは真新しい軍服だった。しかもそれは一般兵が身につけるものとは違って、僅かながらも確かな装飾がつけられている、実戦には向かない式典用の軍服。すぐにシャワーを浴びて着替えるようにと、上官は言った。髪を整え、化粧をし、それでも出来る限りの速さで向かうように。どこか強張った顔でそう指示され首を傾げたが、行き先を告げられてマリアンヌは納得した。
「第三世代ナイトメアフレーム・ガニメデ第一部隊パイロット、マリアンヌ・ランペルージ。皇帝陛下の命により馳せ参じました」
巨大なモニターを介してしか目にしたことのなかったビロードの絨毯。その広い玉座の間に、マリアンヌは軍人として膝を着き、頭を垂れていた。背中を流れるマントが床に触れ、汚れてしまうと頭の隅で少しだけ思う。やはりこういった軍服は好きではない。動き辛いし敵に拘束されやすい。スタイルが明確に分かってしまうパイロットスーツの方が機能的という点で幾分かマシだ。
「―――面を上げよ」
命令に従って上半身を起こせば、視界の中央に映るのは、これまた直に目にしたことのなかった人物だ。シャルル・ジ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の現皇帝であり、マリアンヌの仕えるべき君主だ。年はもう四十を越えていると聞くが、その威は年々増してきており、こうして直接顔を合わせれば、やはり民を総べる地位に立つべき人なのだろうとマリアンヌは感じる。しかし、問題はその隣に立っている存在にあった。淡い金色の髪をそのままに、小さな手をひらひらと振ってきているV.Vに、マリアンヌは溜息を吐き出してしまいたかった。
「・・・・・・恐れ多くも、申し上げることをお許しください。わたくしは確かにギアスという名の能力を用いておりますが、この力を陛下が不愉快とお感じになられるのでしたら、今後一切の使用を控えることを誓い申し上げます。さすれどお命じいただけるのならば、陛下の御心のままにどんな戦場でも見通してみせましょう」
「そんなことを言うために君を呼んだんじゃないよ、マリアンヌ」
「では」
「君はブリタニアのエリアを五つも増やしてくれた。その御礼をしたいと、シャルルとずっと話をしていてね」
容姿だけは子供であるV.Vに名を呼び捨てにされても、皇帝は何も言わない。どんな関係かとギアスで見ようかとも思ったが、V.Vを前にそれは無意味だ。マリアンヌが沈黙を保つと、しばしの後に皇帝が厳かに言葉を紡ぐ。
「マリアンヌ・ランペルージ。戦場における殊勲を評価し、そなたに騎士候の位を授ける」
「・・・・・・この上ない名誉、謹んでお受けいたします」
「よかったね、マリアンヌ。これで君も晴れて貴族の仲間入りだ」
「勿体なきお言葉です」
深く頭を下げる一方で、軍の寮をを出て行かざるを得ない事態なってしまったとマリアンヌは気落ちしていた。さすがに末席とはいえ貴族が寮に住んでいれば品格を疑われるし、規則として許されてもいない。名誉ばかりで実のない肩書きなど、炊事洗濯の心配がない寮生活と比べれば雲泥の差だ。安くて軍に近いアパートを探さないと、と考えながら、マリアンヌは涼しい顔で次の言葉を待つ。しかしいつまで経っても退室を許す声は紡がれず、マリアンヌは無礼にならないよう自然な動作で顔を上げた。玉座から自分を見ている皇帝と眼差しが重なる。今この場には、マリアンヌを含めて三人しかいない。いつまでも続く沈黙に焦れたのか、V.Vが小さな肩を竦めた。
「シャルル」
「・・・・・・む」
「だから君はいつまで経っても子供なんだよ」
「しかし」
反論しようとする皇帝を遮り、V.Vはマリアンヌに向き直った。気がつけば室内の雰囲気は厳粛とはほど遠いものになっており、V.Vの告げた信じられない言葉には、流石のマリアンヌもきょとんと目を丸くしてしまう。
「あのね、マリアンヌ。シャルルは君のことが好きなんだってさ。20も年上のおじさんだけど、君さえよければシャルルの妻になってあげてくれないかな」
「に、兄さん!」
「うるさいよ。告白くらいひとりで出来るようになってよね」
まったく、と面倒くさそうに瞼を半分下ろすV.Vと、慌てたように隣を振り向く皇帝の関係が明らかになったが、マリアンヌには告げられた内容の方が驚きだった。好意を持っている? 誰が、誰に? それこそ途方もない話に呆れた面持ちで眺めていれば、ちらりと自分を垣間見た皇帝がすごい勢いで顔を背けたので、マリアンヌはようやく事実なのだと認めることが出来た。その証拠にV.Vが溜息を吐き出しているし、髪の合間に見える皇帝の耳が真っ赤に染まっている。可愛らしい、と思わずマリアンヌは笑みを漏らしてしまった。皇帝の頬が染まった。
答えはそのとき、すでに決まっていた。
2008年7月21日