時の娘
3.月からの使者





未来とは、マリアンヌにとって映画にも等しいおとぎ話でしかない。何故なら、彼女は大抵の者の未来を見ることが出来、それを実現させるため、もしくは実現させないために行動することが可能だからだ。未来はマリアンヌの手に委ねられているとさえ言ってもいいほどで、だからこそ彼女はギアスを戦場以外の場で使うことはあまりなかった。不安を覚えるとき、先を知っておいた方がいいと判断したとき、そんなときにマリアンヌは瞳を紫から赤に輝かせる。
「・・・・・・どなたですか?」
今回の任務地は砂漠の国であるため、昼と夜の温度差が激しい。首筋の寒さを和らげるように下ろした髪をなびかせて、マリアンヌは足を止め振り向いた。空にはすでに月が昇っている。明日の作戦は早朝から始まるため、周囲はすでに眠りについている。マリアンヌとてガニメデの最終チェックを終えて、己に宛がわれた宿舎に戻る途中だった。
「姿を現しなさい。さもなくばブリタニア軍に危害を加えるものとして、厳粛に対処させていただきます」
ナイトメアフレームばかりの並ぶ空間に、凛とした声が響き渡る。少しだけ歪んだエコーの轟きから、マリアンヌは周囲に向けていた警戒を一点に絞った。しばしの沈黙の後、かさりと小さな足音がして、影がナイトメアフレームの中から現れる。一番に目が行った髪の色は、空中の月と同じ淡い金色だった。
「さすがだね、マリアンヌ・ランペルージ。シャルルの選んだ女性なだけはある」
「子供・・・・・・?」
「見かけだけはね。中身は君よりも年嵩だよ」
戦場に不釣合いのひらひらとした洋服を着ている子供は、十歳を超えるか否かという年齢に見えた。若い女性に似合わず沈毅とされているマリアンヌでさえその事実に目を瞬いたが、すぐに意識を警戒に戻す。戦場で敵兵と相対するときとは、また違った緊張感を感じていた。肌が震えると同時に、この雰囲気をどこかで経験したことがあると頭の奥が主張する。不可解な相手にマリアンヌはギアスを発動させた。紫の瞳に赤い鳥が飛び、子供が少しばかり楽しげにマリアンヌを見上げてくる。
「君のギアスは、どんな能力なのかな?」
今度こそマリアンヌは目を見開いた。子供は小首を傾げて、所作だけは幼子らしく言葉を連ねる。
「僕にギアスは効かないよ。C.Cと同じようにね」
「・・・・・・あなたは、誰」
「僕はV.V。ギアス嚮団の現当主であり、君の知っている人との関係性を表せば、C.Cの後継者に当たるよ。後は・・・・・・まぁ、そっちは追々分かるんじゃないかな」
「そう。はじめまして、わたくしはマリアンヌ・ランペルージ。よろしく、V.Vさん」
「よろしく、マリアンヌ」
動揺は相手につけ込む隙を与えるだけだ。だからこそマリアンヌは意識的に笑みを浮かべ、己を名乗った。V.Vはきょとんとした表情を浮かべた後で、同じようににこりと微笑み返してくる。握手の手を差し出す代わりに、マリアンヌは軍人の反射として構えていた銃を下ろした。遮るものがなく向かい合えば、成る程、確かにこの異質さはC.Cに共通しているとマリアンヌは納得する。
「私のギアスは未来を読むギアス。だけどやっぱり、無理みたいね。あなたの未来は見えないわ」
「でないと僕の存在意義が危ういからね。君はそのギアスで戦場を踏んでいるんだ?」
「誰がいつどこで型式番号何番のナイトメアフレームを駆り、何分何秒のタイミングでどの付属武器を放ってくる。流石にそこまで詳細なものを読みはしないわ。私が見る未来は大まかなものだけ。戦うのは、あくまで私自身」
「だろうね。好きだよ、君の戦い方。容赦がなくて素敵だ」
「ありがとう。軍人として最高の褒め言葉だわ」
月が少し位置をずらしたことで、月光がマリアンヌの元まで差し込んでくる。昼とは違う眩しい光に目を細めれば、ふうん、とV.Vが感心したように頷いた。いいね、と呟いた表情は嬉しそうにマリアンヌには見えた。
「また会おう、マリアンヌ。今度は是非お茶でも一緒に」
「ありがとう。その機会があったなら」
「必ずあるよ。紹介したい人もいるしね」
意味深な台詞を残して、現れたときと同じように影の中に消えていく。気配が唐突に消える様は、やはりC.Cと同じだった。途端に砂漠の冷えた夜が戻ってきたようで、マリアンヌは風に吹かれる髪を掻き集める。瞳を再度赤くするけれども、やはり思った未来は見られない。
「・・・難儀なものね」
マリアンヌの溜息がナイトメアフレームの並びに響いた。





ああ、早く戻って眠らなくちゃ。
2008年7月13日