ハードルを見据えるその横顔は、僕が恋した君だった





カレンがその姿に気がついたのは、部活の時間も半分を過ぎた頃だった。空は夕焼けに変わり始め、太陽がオレンジの色を濃くしていく。そんな中、グラウンドの端に設置されているベンチは陰になってしまってよく見えない。けれど、一瞬垣間見えた黒髪を間違えることはないだろう。マネージャーに休憩してくると手を振って、カレンはタオルを片手にベンチへと近づいた。徐々に大きくなってくる姿に、やはり自分の勘が間違っていなかったことを知る。
「ルルーシュ君?」
声を掛ければ、陰の中で影が動く。自分もそこに入ったことでようやく見れた彼の姿は、そういえば久しぶりのものだった。先週の火曜日にロイドとかいう男が迎えに来たことによって早退し、その後今日の月曜日までルルーシュは学校を欠席していたのだ。シュナイゼルの帰国が本日だったため授業には出られなかったが、プリントでも貰いに来たのだろう。制服ではなくシンプルな私服を纏っているルルーシュが顔を上げる。その表情に、カレンは僅かに眉を顰めた。
「カレンか。久し振りだな」
「そうね。明日からは学校に来れるの?」
「あぁ。兄上もやっと帰った」
心底そう思っているのが言葉の端々から伝わる。ルルーシュは疲れたように肩を竦めた。
「シュナイゼル兄上は有能なんだが、気に入った相手を溺愛する傾向にあるんだ。俺は幸か不幸かその『気に入った相手』に入るから、兄上にはかなり振り回される。だけど有能なのは確かなんだ。有能なのは」
「第二皇子よね、確か」
「あぁ。おそらく次代皇帝はシュナイゼル兄上だろう」
「ちょっと、そんなこと言っちゃっていいの?」
「構わないさ、別に。俺のように弟妹の立場からすれば、すてに決定事項だからな」
暗にシュナイゼルより年嵩の兄姉についてはそうではないと言っていたが、カレンは聞かなかったことにした。皇位継承者争いなど、カレンにとっては事が大きすぎる。こういったものはテレビで聞く程度で良いのだ。
「それで? 第二皇子に振り回されたからそんなに疲れてるわけ?」
ルルーシュがカレンを見やり、少しだけ唇を歪める。それは初めて見る自嘲的な表情だった。
「疲れているように見えるか?」
「疲れてるっていうか、暗いわよ。何かあったの?」
「別に、大したことじゃないんだが」
視線をそらし、ルルーシュはグラウンドを眺める。夕陽はどんどんと赤くなっており、陸上部員たちの影も長くなってきている。
「妹が一ヶ月、留学してくるらしい」
「ナナリーちゃん?」
「いや、義妹のユーフェミアだ。第二皇女コーネリアの実妹で第三皇女の」
「嫌いなの?」
「まさか。ユフィは少し世間知らずなところもあるが、優しくて周囲からも愛されるタイプだよ」
だけど、と彼は呟いた。
「俺とユフィは好きになるものが似ているから、あまり来て欲しくなかったのも事実だ」
ざぁっと風が吹き、木立が揺れる。それと共に自分たちを覆っている影も揺れ、ルルーシュの頬を明暗が照らしていく。横顔はとても美しく、カレンは息を呑んだ。伏せられた瞼に浮かぶ、儚くも深い悲哀に。
「・・・・・・枢木君は、あなたから離れないわよ」
慰めの声は、少し掠れてしまった。ルルーシュは笑い、いいんだ、と首を振る。
「俺の好きなものを、ユフィが好きになってくれると助かる。俺はいつまでもスザクの傍にはいられないから」
「何、それ。どういう」
「カレンのことも結構好きだよ? スタートラインに立ち、ハードルを睨んでいる横顔はとても綺麗だった」
傍らのブリーフケースを手に、ベンチから立ち上がる。少し上の目線で、ルルーシュは穏やかに微笑んだ。
「カレンも、よければユフィの友達になってやってくれ」
「・・・・・・馬鹿じゃないの、あなた。好きになられたからって、代わりにするわけないでしょ」
「いいんだ。代わりにしてくれ。そうすればいつかユフィ自身を大事に思うようになる」
「馬鹿にしないでよ! 私は絶対代わりになんかしないわよ! あんたはあんたよ! ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア!」
声を荒げたけれども、目の前の笑みは変わらない。何で、とカレンは思う。何だこのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは。いつもの彼じゃない。こんな弱音を吐くなんて、疲れた表情を表に出すなんて、いつもの彼からは想像も出来ない。だって彼はいつも、スザクの隣で笑っていた。
だけど、今カレンの目の前にいる少年も、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの一部なら。
知りたいと、カレンは思った。初めてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを知りたいと、カレンは思った。





軽口を叩き合うクラスメイトじゃなくて、もっと、力になれる関係に。
2007年6月20日