気がかりなのは世界経済より





それは三時間目の歴史の時間だった。突如として教師の説明を遮って流れた、校内放送。
『ぴんぽんぱんぽーん! はぁーい、アッシュフォード学園の皆様! 授業中に失礼しまぁす!』
妙にハイテンションな男の声に、ぎょっとして教壇の上のスピーカーを見上げる。周囲のクラスメイトたちも何だ何だと声を上げているが、視界の隅でルルーシュの肩が微妙に落ちたのにリヴァルは気がついた。持っていたシャープペンをしまい、教科書と資料集を閉じている。その間も流れる男の声は可笑しい感じに流暢だ。
『いいねぇ、若い青春時代! 特に学生なんて大抵のことは反省文と停学で許される素晴らしい時! あぁあぁ懐かしいなぁ。僕も今この時この時代この学園に通いたかったなぁ。何たってここにはあの御方がいらっしゃるんだから!』
「あの御方?」
『そう! 神聖ブリタニア帝国第十一皇子! 麗しき傾国の美貌! 我らが誇り高き君、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下!』
ぽつりと零れた呟きが聞こえたかのように、男はスピーカーの向こうで最高潮の歓声を上げる。クラスメイトたちの視線が一斉にルルーシュを向くと、彼はすでに鞄を取り出してペンケースやらノートやらをしまっている。
『ルルーシュ殿下、今からあなたの犬がお迎えに馳せ参じますからねぇ! 一分で行きますから、準備してお待ち下さいね!』
それだけ言うと放送はぶつっと音を立てて途切れ、教室には静寂が戻った。教師の説明さえ掻き消えた静寂。はぁ、とルルーシュの吐き出した溜息がそれなりに響いた中、スザクが戸惑ったように問いかけた。
「ルルーシュ・・・・・・今の、知り合い?」
質問に、ルルーシュは半ば嫌そうな顔で頷く。
「十中八九、知り合いだ。むしろあんな人間がこの世に二人もいたら、俺はまず近づこうとは思わない」
「迎えに来るって言ってたけど、何か公務でもあったの?」
「いや。ただ、サクラダイトの世界経済会議でシュナイゼル兄上が来日されているんだ。忙しいから会えないだろうと言われてたんだが」
「初日にしてシュナイゼル殿下はルルーシュ殿下不足に陥られましたぁ! あは、やっぱりルルーシュ殿下は至上の美姫ですよぉ! 依存性があって常用性があって毒性があって、一度目にしたら忘れられない、まるで甘美な麻薬のごとし!」
ドアを勢いよく引き開けて現れた男は、先ほどの校内放送と同じハイテンションだった。しかし容姿はむしろ冷ややかさを感じさせる色合いで、グレーの髪にもアイスの瞳にも、どちらにも青が含まれている。簡素だが礼服を纏っているその男は、ルルーシュの元まで歩み寄ると、躊躇いもなく床に膝を着いた。
「御久し振りです、ルルーシュ殿下。あぁもう、ちょっと会わない間に美しくなられちゃって! 年々マリアンヌ皇妃に似てこられてますねぇ!」
「・・・・・・ロイド」
「はい、ロイド・アスブルンドです。この度はシュナイゼル殿下に代わり、ルルーシュ殿下をお迎えに馳せ参じました。こうして再びお会い出来たこと、心より光栄に思います」
薄い微笑と供に、玲瓏な挨拶が紡がれる。所作はとても整っており、おそらく貴族の出なのだろうとカレンは思った。シャーリーは現状について来れていないのか、ぽかんと口を開いている。ニーナのルルーシュを見つめる目はきらきらと輝いていた。
「シュナイゼル殿下は数少ない日本への来訪に際し、是非ともルルーシュ殿下と兄弟の交流を深めたいと思われております。滅多に会えないからこそ、この機会を大切にしたい、と」
「・・・・・・兄上に何かあったのか?」
「んー、ちょっとお疲れな感じとでも言いますか。ルルーシュ殿下で癒しを補充したいそうですよぉ。それと会議への臨席を望まれています」
「分かった」
頷いて立ち上がったルルーシュの横顔は、すでに学生のものではない。凛とした空気は皇子のそれであり、他者を惹きつけると同時に寄せ付けない硬質なものへと変わる。当然のように差し出された鞄を、ロイドは嬉々として受け取る。それすら学園でのルルーシュは決して行わない動作だ。学生の彼は、いつだって自分のことは自分で行う。
「先生、今日はこれにて早退します。今週一杯は欠席させて下さい」
「分かりました。どうかお気をつけて。シュナイゼル殿下にもよろしくお伝え下さい」
はい、と頷いてルルーシュは踵を返す。立ち上がったロイドが三歩後ろを付き従い、二人は教室を横切る。あ、と気づいたようにルルーシュが振り向いた。
「スザク、来週ノートをコピーさせてくれ」
「うん、分かった」
「ちゃんと読める字で書いてくれよ」
酷いなぁ、とスザクが笑えば、ルルーシュもちらりと笑みを見せて教室から出て行く。ロイドが一瞬だけスザクに視線をよこした。それは彼自身の色と同じ、冷ややかなもので。
向けられたスザクは気づかなかったが、僅かに吊り上げられた唇は、とても酷薄なものだった。





ロイド。わんわん。
・・・ロイド。わんわん。
・・・・・・ロイド。にゃんですかルルーシュ殿下ぁ?

2007年6月17日