千年前の恋文にときめき





「ちぎりきな、かたみに袖を、しぼりつつ、末の松山、浪こさじとは」
「清原元輔。約束したね、互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、末の松山を決して波が越さないように、行末までも心変わりすることは絶対にないと」
「花さそふ、あらしの庭の、雪ならで、ふりゆくものは、わが身なりけり」
「入道前太政大臣。嵐が花を誘って散らし、庭に雪と降らせる。その降りゆくさまを見るにつけ、衰え、この世を去ってゆくのは、花よりも我が身のほうではないかと思い知るのだ」
「・・・・・・すごい、本当に覚えてるんだ」
驚きと感心で溜息を吐き出して、スザクは手元の参考書を下ろす。携帯電話をいじっていたルルーシュはそれをポケットに戻し、到って平然と頷いた。
「たかが100しかないんだ。名前を含めて200、覚えるのは簡単だろ」
「いや、簡単じゃないから」
「テストに必ず出すって言ってたし、点がほしいなら覚えるべきだしな」
「うん、そうなんだけどね」
あまりにあっさり言われて、スザクは肩を落とす。来週の日本古典授業のために勉強をしていたのだが、100もある和歌を全部覚えるなんて普通の学生には難しい。しかしそれをすんなりとこなすのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。ルルーシュの記憶力の良さを知っているスザクだが、さすがにここまで来ると羨ましいというよりも呆れてしまう。
「スザク、おまえ日本古典は得意なんだろ?」
「ルルーシュを前にしてそんなこと言えないよ。他よりちょっとましなくらい。一応日本人だからね」
「ブリタニア出身者は結構困ってるみたいだからな。ブリタニアに古語はないし、婉曲な表現も多くない」
「だけどルルーシュは日本古典、得意だよね。考えは理系のくせに、文系も得意なんてずるいよ」
「言葉は美しい。特に日本語は魅力的だよ。歌のやりとりで気持ちを伝えあうなんて素敵じゃないか」
指先を伸ばして、ルルーシュはスザクの手元にある参考書をめくる。逆から覗き込まれるそこには小倉百人一首が羅列されており、スザクはまだその三分の一も覚えていなかった。もう無理、と投げ出したくさえなってしまっている。
「歌だけ覚えようとするから難しいんだ。和歌の意味を覚えた方が結構頭に入りやすい」
「例えば?」
「君がため、惜しからざりし、命さへ、長くもがなと、思ひぬるかな。これは藤原義孝の和歌だが、意味は『貴女を知る以前は惜しくもなかった私の命ですが、それさえ貴女のためには永く保ちたいと思うのです』」
「・・・・・・恋の歌?」
「あぁ。百人一首は半数近くが恋にちなんだ意味を持っている。これなら身近に感じられるだろう?」
ルルーシュの指先が、参考書の中の一句を指さしている。そこには彼が今読み上げた和歌が載っており、同じ意味の訳も掲載されていた。
「今も昔も変わらない。所詮は人間の作るものだ」
だから美しい、とルルーシュは笑う。その表情に、スザクはふいに問いかけてみた。
「じゃあこの中で、ルルーシュが最も共感したのは?」
ぱちりと紫の瞳が瞬かれ、次いで悪戯に細められる。
「駄目だ。教えたらおまえ、絶対に泣く」
「・・・・・・そんな歌、百人一首にあったっけ?」
「所詮は人間。別れを惜しむ歌もあるってことさ」
びくりとスザクが震わした肩を軽く叩き、ルルーシュは立ち上がる。
「帰ろう、スザク。リヴァルが新宿で漫画で覚える百人一首の本を見つけたって言ってたから、おまえも同じものを買えばいい」
鞄を持って歩き出した後ろ姿を、スザクは呆然と見つめる。そう、日常が楽しすぎて、穏やか過ぎてしまうから忘れがちだけれど、これは期限付きの幸福なのだ。卒業まで、後二年もない。その間しか、共にいれない。
スザク、とルルーシュが振り向いた。沈み始めた夕日を受けて、紅に染まる姿がまぶしくて、スザクはそっと瞼を伏せた。





っていうかルルーシュ、僕本当に覚えられないんだけど・・・!
2007年6月14日