気持ちの化学反応





叫び声が上がった。がしゃんと激しい音を立ててビーカーが倒れ、フラスコが床に当たって砕ける。薬品がノートと筆箱にかかり、じゅわりと異臭が立ち込める。
「ルルーシュっ!」
廊下側のテーブルで実験をしていたスザクが慌てたように名を呼び、駆けてきて腕を取る。力の限り蛇口を捻って流れ出る水にその腕を突っ込めば、漆黒の制服に点っていた炎が消える。それでも焼けた服の下に赤く染まっている肌が見え、ようやく事態の大変さに気づいた教師が顔を蒼白にさせた。けれどルルーシュは火傷を負ったことなど感じさせない笑顔を向ける。
「先生、大したことはありません。大丈夫です」
「・・・っ・・・だが、殿下の御身に傷が・・・!」
「ブリタニアの医学なら、この程度の火傷は痕を残すことなく治せます。だから他の生徒を叱らないで下さい。特にアインシュタインはいち早く気づいてバーナーを消そうとしました。私の反応が間に合わなかっただけです」
化学の実験で、投薬していく順番を間違えただけのこと。ありふれた事故です、とあっさり述べて、ルルーシュはテーブルの向かいでバーナーを握りしめているクラスメイトを振り向く。二つに結わかれている三つ編みは震えており、涙さえ浮かべているニーナに、ルルーシュは殊更に優しい声を出した。
「アインシュタイン、怪我は?」
「あっ・・・わ、わたし、わたし・・・・・・っ」
「気にしなくていい。こんな怪我、すぐに治る」
皇子としての笑みとは違い、滅多に見られない柔らかい表情を向けられ、ニーナは目を見開く。ルルーシュの腕を冷やしていたスザクは水道を止め、教師を仰いだ。
「保健室に行ってきます」
「ああ! すぐに救急車を・・・!」
「そこまで大袈裟な火傷ではありません。ですが大事を取って専属医師に見せたいのですが、早退しても構わないでしょうか?」
診断結果は追って連絡します。ルルーシュがそう告げている間に、スザクはリヴァルに自分たちの教科書や鞄を預かってくれるよう頼む。乱暴な足取りで化学室を横切るスザクに半ば引きずられながらも、ルルーシュは扉で振り返り、ニーナに向けて笑った。
「君に怪我がなくて良かった」
自分の傷よりも周囲の心配をする。そんな在り様の皇子に、クラスメイトたちは感嘆した。スザクに引っ張られて去っていくルルーシュを見送り、特にニーナは頬を染めてバーナーを握りしめていた。



「スザク、痛い」
ぐいぐいと引っ張られる腕に文句を言うと、前を歩いていたスザクの足がぴたりと止まる。緩んだ手そのものを持ち上げるようにして腕を見れば、焼けてしまったワイシャツの下、爛れていたはずの肌は、すでに赤味を帯びて膨らんでいるだけになっている。唇を歪め、ルルーシュは笑った。
「流石だな、もう治り始めている。C.Cに感謝しなくちゃな」
「・・・・・・それでも、包帯くらい巻かないと不自然だ」
「分かってる。診断書は医師に適当に書かせるさ」
そう言ってルルーシュは保健室ではなく階段を降り、昇降口へと向かい始める。今度は逆に引きずられる格好になりながら、スザクは掴んだままのルルーシュの腕を見下ろす。バーナーが引火して、焼けた肌。それが見る間に元の美しさを取り戻していく。人でないそれは―――神に見染められた、生贄の証。
「・・・・・・包帯」
ん、とルルーシュが振り返る。
「僕に巻かせて」
うつむいたまま願い出れば、軽い笑いと共にオーケーが言い渡された。

学園の門を出る頃には、すでに火傷の痕などかけらも残っていなかった。





神殿入り前ですが契約は成されているので、ルルーシュはC.Cと似たような身体です。
2007年4月16日