君の筆跡が残る日誌を





すでに殆どの生徒は部活に向かい、教室に残っているのは二人だけ。日誌にボールペンで書き込んでいくルルーシュの手を、スザクは前の席から何とはなしに見つめる。細い、骨ばった白い手だと思う。だけど綴られる文字は実に綺麗な筆跡を描き、すごいなぁと心中で感心する。項目は六時間目。数学、と流暢な文字が書き込まれた。
「宿題、出されたね」
「手伝わないぞ。自分の力で解け」
「どうしても分からなかったら教えてよ」
「それくらいはな」
授業内容を簡単に羅列し、その下、ホームルームへと移る。書かれた内容にスザクは眉を顰めた。先ほど配られたプリントはスザクの鞄の中にも入っている。ルルーシュは折れないようファイルに収め、そして鞄に入れていた。スザクはそれを見ていた。表情を少しも変えなかった、彼の横顔を。
「・・・・・・ルルーシュは」
名を呼んでも彼は顔を上げない。一言の欄に「風が強かった」なんて当たり障りのないことを書いている。
「ルルーシュは進路、どうするの?」
「おまえは法学部だろう?」
「うん、向いてないとは思うんだけど」
「そんなことはないさ」
軽く笑って、ルルーシュはペンを走らせる。スザクは日本の首相、枢木玄武の一人息子であり、昔から政治家になることを周囲に望まれてきた。本人はそれが嫌で逆らったり、身体を動かすことが好きだったりしたけれども、高校二年のこの時期になってようやく心も固まった。やはり父親のような、偉大な政治家になりたい。日本のために役に立てたらと思う。
そしてルルーシュは神聖ブリタニア帝国の皇子だ。皇位継承権は十七と低いけれども、才能は百を超える皇子皇女の中でも群を抜いている。しかしそれは公の場に現れず、彼に近しいものしか気づいていなかった。そんなルルーシュの将来は、スザクが彼と出逢った時にはすでに決まっていた。
「俺は本国に戻って神殿に入る」
やっぱり、と溜息を吐き出せば、ルルーシュは欠席者の名前を書き込んで、ようやくペンを離した。
「仕方ないだろ。産まれた直後に決まったことだ」
「・・・・・・でもさぁ」
「ブリタニア皇族は国を創設し、守護しているという神を奉らなくちゃいけない。それに選ばれたのが俺だというだけさ」
「だけど、一生神殿から出られないんでしょ?」
「まぁな。だけど俺が神子に選ばれたおかげで、母様もナナリーも他皇妃に害されず、皇室での地位を確立できた。本国じゃなくて日本の学校にも通えているし、おかげでおまえとの高校生活も送れている。他の皇族と比べたら格段の自由だ」
C.Cに感謝しないとな、とルルーシュは肩をすくめる。
「・・・・・・でも」
僕が君に会えなくなる。その言葉は何でか続けることが出来なくて、スザクは口を噤んだ。ルルーシュはペンをしまいこみ、鞄に入れる。立ち上がって閉じた日誌を手に取ろうとするが、スザクが先に拾い上げる。やっと目が合って、スザクは意識的に笑みを浮かべた。
「夕飯、どっかで食べていかない?」
「残念。今日は鯖の味噌煮なんだ」
「あ、いいなぁ。僕も食べていったら駄目?」
「家にはちゃんと連絡を入れておけよ」
「もちろん。ルルーシュの家のシェフは日本食も得意だし、さすが皇室御用達だよね。楽しみだなぁ」
鍵が閉まっているのを確認し、カーテンをすべて開けて教室を後にする。職員室までの道程を歩きながら、スザクは少しだけ思った。この手の中の日誌を、持って逃げてしまいたい、と。ルルーシュの筆跡で綴られた一日。何てことはない日常を、彼が言葉にした。それだけで意味があるような気さえして、破ってしまいたいと思う。会えなくなる日が来るのなら、それまでにたくさんの思い出を残しておきたい。目に見える、彼の存在を形にして。
「スザク」
廊下の窓から差し込む夕陽。赤く染まる世界で、ルルーシュが振り向く。紫の瞳までもが赤く煌めき、スザクは日誌を握る手を強めた。今はまだ、破かない。
今度自分に日直が回ってきたとき、そのときに。一枚くらいなくなっても、きっと誰も気づかないに違いない。だから、破ろう。密やかにスザクはそう誓った。





後一年半。それが僕に許された君との時間。
2007年4月7日