ルルーシュはチェスにおいて、黒の駒を好む。それは戦術的な意味合いではなく、単に白よりも黒が好きという彼の嗜好の問題だった。けれどルルーシュに黒は似合いすぎた。白い指で黒のキングを持ち上げる仕草に見惚れる輩は少なくない。かつてのクロヴィスもそうだった。彼はむしろ奨んで、ルルーシュに黒の駒を持たせた。
黒を持ったルルーシュは、例え誰が相手でも、一度も負けたことがなかった。





When The Saints Go Marching In
8.キングの望み





「本国に戻ったら、シュナイゼル兄上の相手をすることになっている」
白い指が盤上をひらめき、ポーンを一つ、前のマスへ動かす。
「勝ったら好きなものをくれるらしい。俺は特派を望むつもりだ」
「じゃあ何が何でも勝ってもらわないと。僕のランスロット、お気に召しました?」
「あぁ。白くて綺麗だった」
「さっすが殿下! こだわったんですよぉ、あの外観! 騎士は強くて優美じゃないと。その点僕のランスロットは最高なんです」
ロイドがポーンを前に動かす。ルルーシュも別の駒を動かすと、こつん、とボードを軽く叩く音が部屋に響いた。
「それにしても意外でしたねぇ。まさか殿下が、あんな手段で枢木准尉を落とすだなんて」
「本気だとしたら?」
「まさか。殿下はそんなことしませんよぉ。宝物には宝物だからこそ、絶対に自分の弱いところは見せない。そんなところに僕は惹かれたんですから」
「おまえに好かれてもな・・・・・・」
黒のナイトが白のポーンを蹴り倒す。それに比喩を感じてロイドが笑った。代わりのポーンが仇を果たすかのようにナイトへと肉薄していく。
「盤上にあがったのなら仕方がない。スザクは優秀な駒だ。敵に回すより味方に引き入れたいと思うのは当然だろう」
「ランスロットのデヴァイザーも、今のところ彼より優秀なパーツは見つかってませんしねぇ」
「ユーフェミアには悪いが、スザクは俺がもらう。あれは俺の望む未来に必要な駒だ」
黒のクィーンがするすると動いていく。戦場の隙間を縫うその動きに、ロイドも自分のナイトを持ち上げる。
「コーネリア殿下はどうなさるおつもりで?」
「俺のクィーンはユーフェミアだ。他の女王はいらない」
「ではルークは?」
「すでに配置している。動かすのはしばらく後になるだろうが、あいつらならコーネリアも落とせるだろう。時期が来れば命令すると言ってある」
「さすが殿下」
黒の駒が一つ、自軍の王を守るべく動く。
「ビショップはおまえだ。せいぜい俺の役に立て」
「我が君の仰せのままに」
その後は無言で手だけが動き、まもなく盤面は決着した。互いの性格が手伝って激しく不可解な駒の配置となったけれども、結果的に黒のキングが白のそれを射とめた。相手を盤上から転げ落とし、ルルーシュはソファーへと背を預ける。
黒のスーツのジャケットは脱がれ、無造作にそこらへんへ放られている。二つボタンの外されたシャツから白い鎖骨が覗き、ロイドは何も言わず目を細めた。
「・・・・・・ゼロを捕らえる」
天井を見上げ、呟く声は落ち着いている。
「その後は本国へ帰還し、すぐにどこかのエリアに任じられるだろう」
「はい」
「地位を築く。コーネリアにも、シュナイゼルにも対抗できるような地位を」
「出来ますよぉ、絶対」
「そのためなら何でもする。好意も悪意もすべて利用する。手段など選ばない」
緩慢に挙げられていく左手が、紫の左目をそっと覆い隠す。細い手首がシャツの袖口から覗き、その様はぞっとするほどに艶やかだった。部屋が暗い所為かもしれない。浮かび上がるような白い肌が、ルルーシュの持つ美を人あらざるものに感じさせる。
「そんな俺は、誰よりブリタニアなんだろうな」
「・・・・・・それほどにお嫌いですか? ブリタニア皇帝―――お父上が」
「嫌いだ。誰より憎い。母を殺したシュナイゼルよりも、コーネリアよりも」
顔を覆っている手は涙を堪えているのかもしれない。ロイドは立ち上がり、テーブルを越えて一歩踏み出した。毛の長い絨毯が足音を消し、彼のついた膝を柔らかく受け止める。膝の上に投げ出されている右手に、己の両手を重ねた。機械ばかりいじっているロイドの手は、ルルーシュのそれよりも大きく、節くれだっている。ゆるりと首を廻らせて見下ろしてくる顔は、やはり亡き皇妃マリアンヌに似ていた。けれど彼女よりも脆そうな、はかなさを感じさせる影を振り払うように、ロイドはその指先へと唇を寄せる。敬愛とほんの少しの欲念と、限りない慈しみを込めて。指がロイドの頬を撫ぜる。
「俺は、ブリタニアを許さない」
声が静かに、二人の間に響いた。
「・・・・・・ついてきてくれるか?」
「Yes, My Majesty」
輪郭を辿る指を捕らえ、ロイドはその甲に口付けを落とす。見上げた紫電の瞳が歪むようにほころんだ。愛しい人だと、ロイドは思う。
盤上でチェスの駒が転がる。バランスを崩したキングが、居場所を失い地に落ちた。





僕があなたの魔法使いになりましょう。
2006年12月10日