「おまえ、何を考えている」
「分からないのか? 俺の願うことは、昔も今も変わらない」
「嘘をつけ。おまえは違うことを考えている。妹の平穏を望むのならば、たやすく傍を離れないはずだ。ましてや自分じゃない相手、しかも皇族に世話を頼むだなんて、ブリタニアを憎むおまえのすることじゃない」
「分かってるじゃないか。そうだ、俺はナナリーのためにユーフェミアに頭を下げた。ブリタニアを壊すためにナナリーの傍を離れる。それはすべて、俺の目指す未来のため」
嘲笑うルルーシュの顔は一介の学生にしてはまがまがしく、皇子というには脆すぎた。けれどC.Cは見慣れている。ランペルージでも、ヴィ・ブリタニアでもないこれは、ゼロの顔。仮面を被り、ルルーシュは笑う。
「見ていろ、C.C。俺は必ず、理想を現実のものにしてみせる」
When The Saints Go Marching In
6.ルークの疑惑
副総督に就任したルルーシュは、周囲が驚くほどの速さと適確さで仕事をこなしていった。軍事的な任は総督であるコーネリアが受け持つので、彼に与えられたのは会議や事務的な裁決などだったが、ルルーシュはそれを見事に処理してみせた。七年も皇室を離れ、一学生として生きていたとは到底思えない、実に滑らかな作業だった。控えている副官に分からないことを聞き、資料が欲しければ揃えさせる。けれどそのすべてが適切なものであり、必要不必要を見分ける目は素晴らしいものだった。結果、彼はユーフェミアが一日かけて行っていた業務を半日足らずで終了させた。
午後、時間が空いたルルーシュは、学園に忘れ物をしてきたと言い、すでにしまっていた制服を着込み、護衛を二人つれてお忍びで街へ出かけた。その際、護衛たちに「俺の命令にはすべて従え」とギアスの力が使われたことは、ルルーシュとC.Cしか知らない。
放課後の学園に教師用の通行口から入る。人目を縫ってクラブハウスまで行くと、数日しか離れていないというのに、聞こえてくる声がやけに懐かしい。わずかに苦笑し、ルルーシュは扉を叩く。
「はーい、今出まーす!」
元気の良いこの声はシャーリーだ。思わず笑っていると内側から扉が開かれ、息を飲む気配がする。対面した彼女は大きな目をさらに見開いており、その向こう、生徒会のメンバーたちも少なからず驚いている。けれどただ一人、カレン・シュタットフェルトのまなざしが僅かに険しくなったのをルルーシュは見逃さなかった。スザクが軍の任務でいないのも確認済みだ。微笑み、ルルーシュは尋ねる。
「入ってもいいか?」
「えっ、あ、」
「もちろんよ。どうぞルルちゃん、我らがアッシュフォード学園の名誉生徒様!」
「何ですか、それ」
「理事長の命名よ。そのうち石像も立っちゃうんじゃない?」
「それは嫌だな。思いとどまるように言っておいて下さい」
「どうかしらねー? いいじゃない、格好良く作ってあげるわよ」
戸惑って一歩引いたシャーリーの横から、ミレイが腕を開いて歓迎する。ルルーシュが中に踏み込むと、ニーナががたりと椅子から立ち上がった。ぽかんと口を開けているリヴァルの手から、ペンが落ちてころころとテーブルを転がっていく。その様子にルルーシュが笑うと、ミレイも唇を吊り上げた。
「それでルルちゃん、今日はどんなご用事で?」
「生徒会室にチェスセットを置き忘れていったことに気がついて。リヴァル、あれどこにある?」
「えっ!? あぁ、えっと、確かロッカーにあると思うけど」
「持ってきてくれないか?」
「―――あぁ、分かった!」
向けられる笑みが先週の、まだルルーシュが本当に学生だった頃と変わらないことに気がついたのだろう。リヴァルも嬉しそうな笑顔になり、軽い足取りで別室へと駆けていく。皇子であるルルーシュに礼を取るべきだろうと考えていたニーナも、ミレイに諭されてひざまずくことを止めた。シャーリーはまだぽかんとしたままルルーシュを見つめている。
「それとこれはカレンさんに。借りてた本、返せなかったから」
鞄から薄い小説を取り出して差し出すと、案の定カレンは不可解そうに眉を顰める。彼女にはすでにギアスを使用している。もう一度従わせることは王の力をもってしても出来ない。
「私、本なんて貸してな―――・・・・・・」
「面白かったよ。ありがとう」
問答無用でルルーシュは小説を押し付ける。勢いで受け取ってしまったカレンは、抱える指が僅かな違和感を覚えたことに気がついた。平らなページの中、中央が少しだけ盛り上がっている。ぱらりとめくれば小さな紙が一枚挟まっている。
「ルルちゃん、今日はどのくらいいられるのかしら?」
「そうですね、夜は総督への報告があるので、まぁ二時間程度なら」
「オッケー十分! よし、ルルちゃんの皇室復帰を祝ってパーっと盛り上がるわよ!」
騒ぎ出すミレイたちをよそに、カレンはさぁっと顔色を変えた。本の中に挟まれていた紙には、プリントアウトされた文字がただ一言だけ綴られていた。
誰も知らないはずの彼女の本名―――紅月カレン、と。
その後の二時間はあっという間に過ぎていった。話題の中心にいたのは言わずもがなルルーシュで、ミレイやリヴァルは次々と彼を質問責めにしていく。ニーナでさえブリタニア皇室に興味があるのか、控えめに問いを重ねていた。シャーリーは困ったような泣きそうな複雑な顔をしており、カレンはテーブルの下で拳を握りしめながら表面的には穏やかな笑顔を浮かべている。そして時間が来ると、ルルーシュは皆に別れを告げ、クラブハウスを後にした。彼がいなくなった瞬間に泣き出してしまったシャーリーを、ミレイが優しく慰める。その隙を見て、カレンは部屋を抜け出した。
誰も知るはずのない名前。知っていた理由。知った理由。知って、どうするのか、どうしたいのか。シンジュクゲットーを縄張りとしているテロリストの名など、調べればすぐに分かってしまうだろう。紅月。隠し通してきた名を知られた。しかも、ブリタニアの皇子に。
場合によっては殺す必要が出てくるかもしれない。カレンは制服の下、仕込んでいるナイフを確かめる。出来れば使いたくない。使えばさらに自分を窮地に追い込むことなど目に見えている。しかも相手は実は生きていたと今最も注目を集めている人間だ。分が悪すぎる。カレンはきつく奥歯をかみしめた。相対する姿にも一週間前は何とも思わなかったのに、今はブリタニアの皇子だと思うだけで腸が煮え繰り返るような怒りを覚える。向けられる笑みに拳が震える。
「そう警戒するな。俺はおまえを捕らえる気はない」
「・・・・・・信じられるか。ブリタニア皇族の言葉なんか」
「同感だ。ブリタニアは腐っている。もはや救いようのないくらいに」
返された言葉にカレンは眉を顰める。柱の影から歩み出てきたルルーシュの顔は、彼女が今まで見たことのないものだった。肌にピリピリと刺すような威圧を感じる。これが皇族のものなのか、それともルルーシュ本人から来るものか、カレンには判断がつきかねた。
「おまえが紅月カレンだろうとカレン・シュタットフェルトだろうとどうでもいい。俺の言いたいことは一つだ。まもなくゼロがカワサキゲットーにてブリタニア軍と交戦するだろう。だが、おまえたちシンジュクゲットーは参加するな」
「何・・・・・・!?」
「俺はそこでゼロを捕らえる。巻き添えを食って捕まりたくないのならおとなしくしていろ」
目の前の皇子がゼロを捕まえると宣言していることはカレンも知っている。殺された兄クロヴィスの仇だと、涙ながらに鋭いまなざしで語っていた。ブラウン管を通して見たあのときと、今目の前にいる彼とが、何故か重ならない。何かが違うとカレンは思う。
「ゼロを手助けしようなんて馬鹿なことは考えるなよ。どうあがいたってゼロは捕まる」
「そ、そんなこと分からないだろっ!」
「分かるさ。そういうシナリオを作った」
「シナリオ・・・・・・? まさか、ゼロの偽物を」
「そんなものを用意してどうする。本物が出てくれば終わりだろう? そんな愚かな策を俺が練ると思うのか?」
嘲けるように笑うルルーシュを、どこかで見たことがあるとカレンは感じた。表情ではない。姿でもない。けれど何かが似ている。何かが、誰かと、似ている。
「おまえたちシンジュクゲットーを残すのは見どころがあるからだ。今無くすには惜しい。ゼロを捕まえて俺が日本を離れた後はコーネリアがテロリストの掃討に動くだろうが、どうにかして生き延びろ。時が来ればまた連絡する」
「おまえ、何を・・・・・・」
「言っただろう? ブリタニアはもう救えない。膨張しすぎた国は自らの重みで潰れる」
「待て! おまえ、ブリタニアの皇子だろう!? それなのに何故っ!」
「自国を恨んで何が悪い。血縁だろうが関係ない。俺にとってブリタニアは倒すべき敵だ」
はっきりと言い切る声音。高圧的な、場を制する口調。巻き込まれる、従わせるだけの強い雰囲気。似ている。確信がカレンの中を走った。似ている。酷似している。目を閉じれば更に感じる。この、悪魔のような相似。
「いずれおまえたちに日本を返してやる。それまではおとなしく俺の指示に従え。―――いいな?」
カレンは強く拳を握り、しばしの沈黙の後にゆっくりと頷いた。目を開ければ映る姿は、もう一つのものにしか見えない。声なく動いた唇に、ルルーシュが笑う。
カレンはその日、ゼロの正体を知った。
私が信じるのはブリタニアの皇子じゃない。ゼロだ。おまえがゼロだからだ。
2006年12月6日