その存在をユーフェミアは知っていた。七年前に亡くなったとされていた腹違いの兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。第十一皇子にして十七位皇位継承者。その妹、第六皇女ナナリー。母親は庶民から召し上げられたマリアンヌ。実際に会ったことはないけれど、クロヴィスの描いた肖像画を見たことがある。美しい人だと思った。柔らかな黒髪に、知性と優しさをたたえた瞳。その左右で笑う少年と少女。記憶にはほとんどない、兄と妹。柔らかな彼らの雰囲気がユーフェミアはとても好きだった。





When The Saints Go Marching In
5.クィーンの微笑み





七年の時を経て対面を果たした義兄は、肖像画に描かれている笑顔を失い、代わりに鋭い空気を身に宿していた。ひるんでしまいそうなのに、目が、意識が、奪われて止まない。会見を終えた彼は流していた涙を乱暴に拭い、第二皇子シュナイゼルを振り返る。
「こんなところでよろしいですか? 兄上」
「あぁ。上出来だったよ、ルルーシュ。さすがは我が弟」
満足そうに唇を吊り上げるシュナイゼルは、面立ちは第三皇子クロヴィスと似ているけれども、周囲に与える威圧がまったく違う。どこか冷ややかなシュナイゼルがユーフェミアは苦手だった。彼女が一歩引くのとは逆に、コーネリアは前に出る。
「しかしゼロを捕らえるとは大きく出たな。そんなことが、おまえに出来るのか?」
「出来ますよ。ゼロくらい、俺の手にかかれば簡単です」
表情を少しも変えずに、ルルーシュは言い切った。コーネリアが眉を吊り上げるが、シュナイゼルは面白い見世物でも見るかのように座っている足を組みかえる。
「もちろん戦略の手柄は兄上に、戦場での手柄はコーネリア姉上にお譲りします。皇室に戻る手土産はそれで十分でしょう?」
「あぁ。父上には俺からすでに進言し、内々にも提示が出ている。エリア11の副総督は一時的にユーフェミアからルルーシュに変更だ。期間は長くて半年だが?」
「十分です」
ルルーシュが頷く。自分の役職について話しているのに、ユーフェミアはどこか蚊帳の外だった。会話に入ることが出来ない。それは彼女が政治や軍事について未熟であるということ、そして決意が足りないということの表れでもあった。しかしルルーシュはその中央に立っている。100人を超えるブリタニア皇帝の子の中でも、異彩を放つシュナイゼルとコーネリアの間に立って、尚負けないだけの空気を彼は持っている。年齢は一つしか変わりがないのに、ルルーシュが遥か彼方にいるような感じがして、ユーフェミアはぎゅっと手を握った。
「そういえばおまえ、クロヴィスと親しかったのか?」
シュナイゼルが話の矛先を変える。先ほどの会見でルルーシュはクロヴィスの死に涙を持って嘆いた。肖像画も描かれていることから、それなりの交流はあったのだろう。けれどあっさりとルルーシュは答える。その端正な横顔に悲嘆の影はない。恐ろしくなるほどに、涙の気配など感じさせない。
「クロヴィス兄上はチェスがお好きでしたから、何度かお相手をしました」
「戦績は?」
「負けた記憶はありませんね」
ふっとシュナイゼルが笑い、コーネリアもくすりと笑みを漏らす。
「ならばルルーシュ、今度は俺の相手をしろ。おまえが勝ったら何でも望みのものを与えてやろう。まぁ、不可能はもちろんあるがな」
「では、ゼロを捕らえて本国へ帰還した後に」
「あぁ、楽しみにしている」
満足したのか、シュナイゼルは立ち上がる。長いマントを揺らしてルルーシュに近づき、その頬をさらりと撫で上げる。
「戦果を期待しているよ、ルルーシュ」
「お任せ下さい、兄上」
「いい子だ」
指先が瞼をなぞり、シュナイゼルは笑みを残し部屋から出ていく。用があるのか、コーネリアもルルーシュとユーフェミアを一瞥すると足早に去っていった。部屋の中に二人だけが残される。落ちる沈黙にユーフェミアは自分も離れるべきかと腰を上げかけるが、それは響く声によって止められた。
「・・・・・・ユーフェミア殿下に、こんなことを申し出るのは無礼だと思うのですが」
先ほどとはどこか違う声音に、ユーフェミアはルルーシュを振り返る。
「あなたはこの後、シュナイゼル兄上と共に本国へ帰還されると伺いました」
「ええ・・・・・・その予定ですけれども」
「でしたら、その、お願いしたいことがありまして」
無礼を承知で。そう告げるルルーシュはユーフェミアから視線を逸らしている。広いテーブルの離れた位置で、肘をついている横顔は何故かひどく幼く見えた。ぱちりと目を瞬いていると、ルルーシュがようやくユーフェミアを見る。綺麗な、深い紫色の瞳だ。
「妹、ナナリーの件なんです」
「ナナリー皇女、ですか?」
「はい」
頷くルルーシュの妹は、ユーフェミアにとっても腹違いの妹に当たる。ブリタニア皇帝の第六皇女。今年14歳になる彼女に、ユーフェミアはまだ会っていなかった。テーブルの上で指を組み、ルルーシュは続ける。
「ナナリーはシュナイゼル兄上と共に本国に帰ることになっています。俺は日本に残りますが、彼女は治療のこともあるからです」
「足と目がご不自由だと伺いましたが・・・・・・」
「ええ。目はまったく見えないし、車椅子なしでは動くこともままなりません。シュナイゼル兄上が最高の治療を約束して下さったので、今後少しでも回復できればと思っているのですが」
心配そうな表情の中にも、妹への愛が溢れている。会見のときのような作り物でも、その後の冷淡な顔でもない、兄としてのルルーシュの姿に、ユーフェミアの心が溶かされていく。優しい人なのだと、彼女は今確信をもってそう思った。
「しかし、皇室はナナリーにとって母を失い、自身も深い傷を負った場所です。怖くないはずがありません。けれど俺はゼロを捕まえなくてはいけないから、ナナリーの傍にはいられない。ですから無礼を承知でお願いしたいのです。俺がいない間、どうかナナリーの傍にいてやって頂けませんか? 時折、話し相手になって下さるだけで良いのです。ユーフェミア殿下のお優しいお心に触れられれば、きっとナナリーも安心することが出来るでしょう」
言葉を連ねて願うルルーシュは、完全な兄の顔だった。自分を心配する時のコーネリアも、よくこんな顔をする。これだけ愛されている妹なのだから、きっと優しい子なのだろう。そう思い、ユーフェミアは頷いた。
「分かりました。私でよろしければ、出来る限りナナリー皇女の傍にいますわ」
「―――ありがとうございます、ユーフェミア殿下」
「いいえ。実は私も年の近い兄妹が出来て嬉しいのです。コーネリア姉様は私を可愛がってくださいますけれど、その、お歳も少し離れてますし」
「ナナリーもきっと姉が出来たと喜びます。皇室にいたのは幼かった頃ですし、よろしければ色々と教えてやって下さい」
「はい、分かりました」
ふわりと微笑めば、ルルーシュも同じように笑い返してくれる。その表情に肖像画のマリアンヌ皇妃の面影を見つけ、ユーフェミアは何だか嬉しくなった。席を立ち上がり、いそいそと彼の向かいに移動する。正面から見た義兄は、やはり綺麗で冷たく見えるけれど、優しそうな人だ。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアと申します。よろしくお願い致します、ルルーシュお兄様」
「ルルーシュで結構ですよ、ユーフェミア殿下」
「でしたら私のこともユーフェミアと呼んで下さい。それか、ユフィとでも。ルルーシュは愛称などありますの?」
「そうですね、学園の友人にはルル、と呼ばれることもありましたが」
「でしたら私もルルとお呼びしてよろしいですか? それと敬語もお止め下さい。お兄様の方が年上なのですから」
「はい・・・じゃなくて、あぁ」
言い直す仕草が可愛らしい。男性の、しかも一つとはいえ年上の相手にそんなことを思うのは失礼かもしれないが、ユーフェミアは自然と口元がほころぶのを感じた。上手くやっていけそうだと思う。この人は、とても優しい。
ルル、と音に出して彼を呼ぶ。ユフィ、と笑ってくれた義兄に、ユーフェミアは笑顔になる自分を抑えられなかった。





ルル、今度一緒にお茶をしましょう。あなたのお話を聞かせて下さい。
2006年12月8日