久方ぶりに袖の通す礼服は、滑らかな絹触りが嫌になるほど気にかかる。ドレスシャツもタイもピンも、どれもこれ以上ないほど上質のもののはずなのに、怖気るような不快感が先に立つ。かつてはよくこれを毎日着ていたものだ。心中で舌打ちし、ルルーシュは鏡と向き合う。彼の後ろに並ぶメイドたちは一様に熱い溜息を吐き出していた。蕩けるような眼差しで、彼らはルルーシュを見つめる。コンコン、と分厚い扉が叩かれた。
「・・・・・・ルルーシュ殿下、お時間でございます」
静かに告げ、軍人たちが頭を垂れる。ルルーシュは左目を覆った。息衝いているのが分かる。王の力はここにある。
求める玉座は、勝ち得ればいいだけのこと。
When The Saints Go Marching In
3.ビショップの歓声
特別派遣嚮導技術部で、スザクはランスロットの整備に励んでいた。手元の端末を機体と繋ぎ、かちゃかちゃとプログラムを打ち込んでいく。普通の学校には通っていなかったため勉強は大して出来ないけれども、軍の訓練は嫌というほど受けてきた。基本的に勤勉なスザクは、簡単なプログラムなら組み立てることが出来る。手元のマニュアルを確認しながらキーを打っている彼の後ろで、セシルが上司に高い声を張り上げる。
「ロイドさん! ちゃんと仕事をして下さい!」
「やーだーよーぉ。今日の僕はテレビの前から動けないんだ。残念でした!」
「そんな、いい年して仕事場でテレビなんて・・・」
「そうかなぁ? 今日は世界中の人間がテレビを見ていた方がいいと思うけど? 特に、枢木准尉なんかはねぇ」
「・・・・・・僕ですか?」
急な指名にスザクが振り返る。デスクに肘を突き、笑っているロイドは片時もテレビから視線を外さない。どこか楽しそうな様子に理由を尋ねようとしたとき、ピピッいう音と共にテロップが流れる。
「ほーら! 待ってましたぁ!」
流れる文字を、スザクは目に追う。それを理解するよりも先に、テレビの番組が切り替わった。チャンネルを変えたわけではない。強制的な、番組局による変更だ。アナウンサーの声が口早に告げる。
『只今、速報が入りました。七年前のエリア11侵攻の際に亡くなられたと思われていた第十一皇子殿下と、その妹君第六皇女殿下が生きておられたとのことです。これより番組を変更し、ブリタニア皇室による公式宣言をお送り致します』
「・・・・・・第十一皇子?」
スザクは眉を顰め、ランスロットから離れてテレビへと近づく。ロイドはすでにかじりついたまま離れない。他の作業員たちも何だ何だと手を止めだし、セシルは深い溜息を吐き出した。
「第十一皇子って・・・亡くなられていたんですか?」
スザクの呟きに、ロイドがうんうんと頷く。
「そうだよ。母上であるマリアンヌ皇妃がみまかられてねぇ。その後、皇子と皇女は二人して日本に送り出されていたんだ。名目としては親善だったらしいけど、簡単に言えば厄介払いだね。皇位継承者としての価値だけを認められて、二人は日本に追いやられた。そして七年前の日本侵略の際に、死んでしまったと思われていた。でも実は生きてたんだよ、びっくりぃ!」
「ロイドさん、不謹慎です!」
「心外だなぁ。僕はこれでも皇子の帰還を心から喜んでるんだよ? 何たって第十一皇子は、皇位継承権は十七と低いけれど、ブリタニア皇帝に認められた器だ。亡くなる前の十歳のときに、すでにね」
「七年前に十歳・・・ってことは、今年十七歳? 僕と同じ年ですね」
「そう。同じなんだよ、枢木准尉」
ロイドの目がテレビから離れ、立っているスザクを見上げる。浮かべられている笑みはいつもと同じなのに、どこかそれが酷薄に見え、スザクは知らず足を引いて構えた。楽しそうに唇を吊り上げ、ロイドは笑う。
「君と同じ、十七歳。母親は死亡。妹と二人、七年前に日本にやってきた。きっと可愛い兄妹だったろうねぇ」
テレビの中でアナウンサーが喋り続ける。内容はロイドの言っていることとさほど変わらない。映っている会場は式典の場らしく、厳かな赤い絨毯が敷かれている。
「彼らは皇位継承者だから、人質よろしく日本では丁重にもてなされた。時の日本で一番偉かった人間が、二人の保護を申し出たらしいよ? 彼にはちょうど、第十一皇子と同じ年の息子がいたから、それもあったのかもしれないね」
セシルが怪訝そうに眉を顰め、ロイドの言葉の意味することに気づき息を飲む。スザクはアイスブルーの目を信じられない面持ちで見つめた。彼は笑う。テレビの中で、アナウンサーが兄妹の歴史を告げる。すべて、過去と重なる。推測が成り立ってしまう。
「だけど二人の皇位継承者のことなんて気にかけず、ブリタニアは日本に侵攻してしまった。幼い兄妹はその戦乱に巻き込まれて行方不明。いつまで経っても出てこないから亡くなったってことにしてたらしいけど・・・・・・あぁ、そういう話になったのかぁ。親切な方に保護されていたらしいよ? エリア11はテロ活動も活発だし、自分たちが皇族と知られれば障害を持つ妹が狙われると思い、黙ってたんだって。誰の筋書きかなぁ、これ。第十一皇子かなぁ、それともシュナイゼル殿下かなぁ」
思い出す。青い空、緑の木々、そよぐ風、共に走った。手を繋ぎ、いろんなことを話した。笑い合った。喧嘩もした。足の不自由な彼の妹のために、一緒に花を摘んで持って帰った。思い出が鮮やかに甦る。記憶の中で彼が笑う。少し前に再会出来た親友。スザクがブリタニア改変を目指した理由。
「ほら、そろそろお出ましみたいだよ、第十一皇子が」
皇女はお休みみたいだねぇ。ロイドが指さす画面の中では、コーネリアやユーフェミアなどが揃っている。その面子からして、この発表は日本で行われているのだろう。先日亡くなったクロヴィスよりも端正な、鋭い輪郭を持つ男が最も上座の位置につく。彼はスザクも知っていた。第二皇子、シュナイゼル。
「あぁほら来たぁ! 僕の王だよぉ! 枢木准尉、もっとよく見て!」
子供のように喜ぶロイドに腕を引かれなくとも、スザクは目の前の映像に釘付けになっていた。開かれた扉から出てきた第十一皇子、ブリタニア皇室十七皇位継承者。漆黒の、髪が揺れる。
かつて、ブリタニアを壊すと言った親友がいた。彼がどんな気持ちで世界を見つめていたのかを思うと、今更ながらに泣きたくなった。
ねぇ、ルルーシュ。僕は一体、君の何を見ていたんだろう。
2006年12月6日