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第二皇子シュナイゼルに見つかり、ブリタニア皇室に戻らなくてはならなくなったと告げると、ナナリーの肩は怯えるように震えた。それが恐怖によるものだということを、ルルーシュは分かっている。母親を殺され、自身にも障害を負わせたあの場所を、ナナリーが恐れないわけがなかった。色白の頬からさらに血を引かせ、小さな悲鳴を漏らして顔を覆った妹を、ルルーシュは力の限り抱きしめる。
「俺が守るから」
誓いはナナリーに、そして母に。
「何があってもナナリー、おまえだけは俺が必ず守るから」
そのためならシュナイゼルに膝をつこうが、あのブリタニア皇帝に頭を下げようが構わない。そう、いずれ、時期が来るまで。
この左目が世界を制するまで、おまえは俺が守るから。
When The Saints Go Marching In
2.ポーンの涙
ロイドの来訪は月曜。彼は五日の猶予をルルーシュに与えた。金曜の夜にまた迎えに来ると告げて、ルルーシュの手の甲に口付けを落とし、彼は去っていった。その夜に事を告げてから、ナナリーは一晩ずっと震えていたけれども、次の日の朝にはルルーシュの手を握り、「お兄様が一緒なら、わたしは平気です」と笑った。少し赤く腫れた目と、ぎこちないその微笑みに、ルルーシュは何故か母親を思い出した。赤い液体をまき散らし、絶命した母を。
それからの日々は、ナナリーもルルーシュも今までと同じように暮らした。学校へ行き、授業を受け、友達と笑い合う。どんな些細なことも忘れないように、一分一秒を大切に過ごした。後悔しないように過ごした。
ミレイが駆け込んできたのは、木曜日の放課後だった。
「ちょっとルルっ!」
だん、とものすごい音を立てて生徒会室の扉が開かれる。中で来週の予算委員会の資料を作っていたメンバーは、きょとんとした顔で息を切らしているミレイを振り返る。顔色の悪い彼女に、ルルーシュは事情を知られたことを悟った。会長であるミレイ・アッシュフォードはこのアッシュフォード学園の理事長の孫娘なのだ。ルルーシュの身柄を引き受けてくれていたランペルージ家ともそれなりに関わりがある。そこから漏れたのだろう。彼女はつかつかとルルーシュに歩み寄ると、乱暴に彼の腕を取った。
「ちょっと、会長!?」
「うるさいっ! ルル、あんたちょっと来なさい!」
シャーリーの驚く声を一喝し、ミレイはぐいぐいとルルーシュを隣室に引っ張っていく。あまりの彼女の迫力に、他のメンバーは何も言うことが出来ない。
「絶対に聞くんじゃないわよ! いいわね!?」
怒鳴りつけて、ミレイはドアを閉めると厳重に鍵をかけ、カーテンを引いた。スザクが軍の任務でいなかったのはラッキーだったな、とルルーシュは思う。スザクは普段穏やかでそう見えないくせに、人の感情の機微にはさとい。特にルルーシュは幼年期を共にしたせいか、彼の前で素顔を晒してしまう自分を知っている。だからこそいなくて良かったと心から思うが、目の前にいるミレイもそれなりに問題だった。
「・・・・・・跪いて、今までの無礼の許しを請うべきかしら?」
意外な言葉にルルーシュは笑う。
「男女逆転祭や水着で授業? 別にいいですよ。あれはあれで面白かったですから」
「やっぱり、本当なのね」
「ええ、残念ながら」
衝撃は受けているけれども、声を抑えるだけの理性は残っているらしい。恨みがましく見上げてくるミレイに、ルルーシュは肩をすくめる。睨まれてもどうすることも出来ない。ルルーシュが皇子であることも、明日で学校を去ることも否定できない事実なのだ。沈黙の後、ミレイは深々と溜息を吐き出す。
「確かに王子様っぽいなぁとは思ってたけど・・・・・・まさか、本物だったなんてね」
「捨てた称号です。本当なら一生拾う気もなかったんですけど」
「ってことは、ナナリーちゃんは皇女殿下・・・・・・」
「ええ。敬えって下さいよ、会長」
「あのねぇ、今更何をどう敬えって? そりゃ、確かに皇子殿下相手に悪ノリしすぎちゃったかなぁとは思うけど」
でも知らなかったんだもの、仕方ないじゃない。視線を逸らして気まずそうに述べられた言葉に、ルルーシュは内心で笑った。自分がブリタニアの皇子だと知った後も、ミレイの態度は変わらない。彼女のこういった面を、ルルーシュは嬉しく思う。次に視線を合わしてきたとき、ミレイは真剣な表情を浮かべていた。
「明日で学園を辞めるって聞いたけど、みんなには言わないで行くつもり?」
「ええ、それを望まれていますから。日曜には派手にお披露目を行うそうですよ。テレビの前で待っていて下さい」
「録画もバッチリしておくわ。・・・・・・じゃなくって、そうじゃなくて」
「仕方ないでしょう。『実は皇族だったので学園を辞めて本国に戻ります』なんて言ったところで信じてもらえるどころか、シャーリーには熱まで計らされそうですし」
「でも、生徒会のみんなにくらい」
「生徒会だからこそ言えません。これ以上深く付き合えば、皇室も動き出す」
はっとミレイが息を飲んだ。ルルーシュは彼女を見下ろし、義務的に告げる。
「静かに去ることを望まれているんです。そして『生きていた皇子皇女』として派手に迎えられることになっている。俺を保護してくれたランペルージ家にも、アッシュフォード学園にも、迷惑はかけたくないんです」
「ルル・・・・・・」
「会長には今までお世話になりました。来週からは自分で仕事して下さい。とりあえず予算委員会の議案までは作っといたので」
「・・・・・・やっぱり、もうちょっとここにいない? 出来れば私が卒業するまで」
「会長」
仕事という単語が出てきた時点で顔を引きつらせた彼女に、ルルーシュは思わず呆れる。けれどすぐに視線を戻した。遠くでチャイムの鐘が鳴っている。明日でこれを聞くのも最後だ。ミレイが泣きそうに顔を歪める。
「・・・・・・ルルちゃんの馬鹿」
とん、と抱きついてきた彼女の肩を抱き寄せる。カーテンが夕焼けを受けてオレンジに染まる。夜が来る。そして朝を迎えれば、学園で過ごす最後の一日が始まる。
穏やかに過ごせればいいと、ルルーシュは思った。せめて静かに過ごしたいと、ルルーシュは思った。
さようなら、平穏だった日々。
2006年12月4日