それは、間違いなく好意だったのだ。かつて共有した時間、離れた経緯、絶えた連絡。そして運命のように交差した再会、直後の衝撃。夢と地獄のような一瞬は、繋がりが今もあることを感じさせてくれた。だからルルーシュは罵ろうと思わない。スザクは自分を心配してくれただけなのだ。悪いのは自分。
彼に本当の身分を告げなかった、愚かな過去。
When The Saints Go Marching In
1.キングの帰還
終焉は突然やってきた。住居として借りているクラブハウスを一歩出たところで、数メートル先に立っている影があった。男は学生服ではなく、白衣にも似たものを纏っている。容姿からしても生徒でないことは明らかで、ルルーシュはその整った顔立ちを不審に歪ませる。男はルルーシュを見とめると、左拳を胸に置き、腕を直角にし、片膝を折った。その動作が意味することに気づき、ルルーシュは鋭く息を呑む。
「お初にお目にかかります。私はロイド・アスブルンドと申します」
眼鏡の奥で、アイスブルーの瞳が笑う。
「お迎えに上がりましたよ―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
ざぁっと風が駆け抜ける。周囲の木々が揺れる。地面が割れる。空が落ちてくる。殴られたかのような衝撃がルルーシュを襲う。けれど決して表情には出さなかった。跪いた状態から見上げてくる男―――ロイドの目には、対象への観察興味に溢れている。今ここで動揺を見せるわけにはいかない。ぎこちなく笑みを浮かべ、ルルーシュは小首を傾げる。
「何のことでしょう・・・・・・? 僕は、ランペルージ家の者ですが」
「枢木スザク、という少年をご存知で?」
ちっと舌打ちをしそうになった。それはスザクに対してではなく、容易く彼の名を持ち出したロイドに対してだ。自然険しくなったルルーシュの視線に、ロイドは立ち上がり、手のひらを開いて話し続ける。
「僕は今、特派・・・ええーと、特別派遣嚮導技術部だったかなぁ? そこに所属してるんですけど、部下に彼がいるんですよ。枢木スザク准尉。ランスロットのパイロット」
「ランスロット・・・・・・?」
「軍事機密ですけど、殿下にならいいでしょう。第七世代ナイトメアフレームですよ。僕のお手製ご自慢の白い騎士」
白い、ナイトメアフレーム。その語が示すものにルルーシュは息を呑んだ。先日、シンジュクゲットーで相対した白兜のナイトメア。あれは確かに他を圧倒する強さを持っていた。その、パイロットが。
「スザク・・・・・・っ?」
「ええ、ええ、彼は最高のパーツですよぉ! そんな枢木准尉がですねぇ、クロヴィス殿下殺害の容疑で拘束されている間中、ずっとあなたのことを心配してたんですよ。もちろん名前は出しませんでしたけどねぇ。『シンジュクゲットーで再会した学生服を着た幼馴染。黒髪に紫色の瞳、ブリタニア人特有の白い肌』、こーんな条件で僕もよく見つけたと思いますよぉ。でも、頑張った甲斐はあったみたいで」
アイスブルーの瞳が細まる。伸ばされた手があまりに自然な動作だったため、ルルーシュの反応が僅かに遅れた。
「お美しくなられましたねぇ、ルルーシュ殿下」
「―――は、なせっ!」
「おや、つれない」
口付けの落とされた手を引き戻す。ルルーシュが嫌悪に顔を歪めている様も、ロイドは楽しそうに観察していた。無害を主張するかのように両手をひらひらと振ってみせる。
「さすがに一目見ただけじゃ分からなかったですけどねぇ。でもあなたの母君、マリアンヌ皇妃は亡くなられて随分経つ今でも民衆の人気者ですから。まぁまぁ、母君そっくりの美人さんに成長されて」
「・・・・・・」
「妹君は、どうやら皇妃には似られなかったようですけれど?」
ぎり、と奥歯を噛み締める。自分が皇子だと露呈しているのなら、当然のように妹であるナナリーのことも調べただろう。彼女を危険にさらすわけにはいかない。それだけを思って、ルルーシュは今まで生きてきた。今度は明確に音に出して舌打ちする。そんなルルーシュの様子に、ロイドは「あれまぁ」と目を瞬いた。
「何が目的だ」
「それはご自分がブリタニア皇帝第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下だとお認めになるということで?」
「おまえを見たことがある。懐かしいな、その厭らしい笑みは変わっていない。シュナイゼル兄上はご健勝か?」
「・・・・・・さすが、ルルーシュ殿下。皇室パーティーにお供したのは一度きりなんですけどねぇ」
「一度見た人間は忘れない。特に上位皇位継承者の連れていた人間なら尚のことだ」
「あぁ、やっぱり素晴らしい! シュナイゼル殿下が気になさっていただけありますよ。そしてブリタニア皇帝が十七皇位継承者にも関わらず、あなたを次期皇帝候補に考えておられただけはある」
ロイドの言葉にルルーシュは再度舌打ちをした。時間は刻一刻と過ぎ去っている。妹であるナナリーは今日は所要で先に出ていたからいいものの、いつまでもこうしていれば誰に見られるか分からない。もうすぐチャイムが鳴る。学園内に溢れてきた人の気配。その中におそらくスザクのものもあるだろう。自分がホームルームに間に合わなかったら、彼は電話してくるに違いない。そういう奴なのだ、スザクは。そしてルルーシュは彼のそんな性格を愛しく思っていた。だからこそ彼を罵倒するつもりもない。
「聡明なルルーシュ殿下なら、すでにお分かりでしょう? シュナイゼル殿下は、あなたの本国への帰還を望まれています。もちろん、妹君もご一緒に」
日常が崩れていく。いつか終わると思っていた。けれどまさか、こんなに早く来るとは。スザクという友を取り戻し、これから少しの間は普通の学生のように、昔のように過ごせると思っていたのに。
「今ならランペルージ家にも、あなたの身の回りの人々にも一切の関与はしない上、ナナリー皇女にも最高の治療を施すとお約束するとのこと。どうです? 太っ腹だと思いません?」
「それで俺は兄上の傀儡になれと? はっ! 相変わらず趣味の悪さは健在だな」
「それは言わないお約束ですよぉ。で、どうします? おうち帰ります?」
「選択肢がないだろう。おまえ一人ならどうとでも出来るが、すでに兄上に知られているなら仕方がない」
ルルーシュは口角を吊り上げ、左目を手のひらで覆った。宿っている王の力。これを使うのはまだ先だ。ブリタニアに見つかったときのことを考えていなかったわけがない。常に脅威に晒されていた。いつか見つかるだろうと思っていた。それが今訪れただけのこと。知らず張っていた肩を下ろすと、ロイドも安堵したかのように笑みの種類を変える。
「あぁ良かった! これで僕もシュナイゼル殿下に顔向けが出来ますよ。あ、でも枢木准尉を怒らないであげて下さいねぇ? 彼はあくまでも、あなたの心配をしただけなんですから」
「・・・・・・そんなこと、おまえに言われなくても分かっている」
「そうですよね、幼少期を共に過ごされた親友ですもんねぇ。まぁ今の枢木准尉は、ユーフェミア皇女の騎士になっちゃってますけれど」
「いいんじゃないか? 平和を謳う姫君と白衣の騎士。似合いの組み合わせだろう」
「そうですかぁ? 黒の皇子と白の騎士なんて組み合わせもいいと思いません?」
「何が言いたい」
「さぁ? ルルーシュ殿下はお優しいんだなぁ、と」
「笑わせる。黒の皇子にお似合いなのは、せいぜい灰色の錬金術師くらいだろう」
その言葉に、ロイドはぱちりと目を瞬いた。初めて崩れた彼の表情に、ルルーシュは楽しげに笑みを深める。もはや先ほどまでの曖昧な顔ではない。彼の兄であるシュナイゼルを、それ以上に絶対覇者ブリタニア皇帝をも思い描かせるその笑みに、ロイドはざわりと背筋が震えるのを感じた。飄々としており、権威よりも好悪を重んじる彼が畏怖を覚えることは殆どない。けれど今、ロイドは確かにそれを感じていた。差し出された手を取り、今度は自らの意思で片膝を地につくくらいに。
「・・・・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下に再び見えることが出来たこと、心より光栄に思います」
甲に落とした唇は、今度は弾かれることはなかった。代わりにゆっくりと手首を返した指先が、緩やかにロイドの頬を撫ぜていく。仰いだ主は亡き皇妃によく似た顔で笑っていた。どこか泣きそうに、美しい紫電の瞳を歪ませながら。
周囲の木々が揺れる。地面が割れる。空が落ちてくる。壊れゆく世界の中で、ルルーシュは瞼を下ろす。王の力は使わない。だた、妹の笑顔があればいいと願いながら。あの優しい親友が苦しまなければいいと、祈りながら。
今までの生が死だったとするのなら、これからの生は絶望だ。
2006年11月27日(2006年12月4日mixiより再録)