その夜、一晩をスザクはルルーシュと共に過ごすことを許された。それはラクシャータの口添えであり、神楽耶や桐原からの慈悲でもあったのだろう。これから再び離れる恋人たちに、せめてもの手向けとして贈られた時間。
スザクはルルーシュとたくさんのことを話した。彼女がゼロだと知らずに遠慮なく攻撃してしまったことを謝ったし、学園で嫉妬に駆られて酷いキスをしてしまったことも、それこそ土下座で謝った。
そして、優しいキスをした。二度目のそれはとても甘くて、スザクもルルーシュも額を合わせて笑った。初めて触れる互いは温かくて、確かな鼓動を刻んでいて、一つになれたとき、二人揃って泣いてしまった。穏やかで優しくて、愛しくて堪らない夜だった。
翌日、まだ朝日も姿を見せない時間に、スザクの身柄は解放された。必ずまた会う約束をして、スザクはルルーシュと別れた。互いにキスを、一つだけ交わして。
and I love you
18.現の終わり、さよなら
僅かながら握らされた小銭を、公衆電話の投入口に入れる。ちゃりんとどこか懐かしい音がして、スザクは記憶の中にある番号を押した。誰かに電話をかけるには早すぎる時間だけれども、相手はツーコールの内に出た。きっと寝れなかったのだろうな、とスザクは思う。悲鳴のような声が通話口から聞こえた。
『スザクっ!?』
「朝早く申し訳ありません、ユーフェミア殿下」
直通電話とはいえ、出るなり自分の名を呼ぶ彼女に苦笑してしまう。以前なら軽率だと見下しただろう行為も、今なら笑って流せるから不思議だ。それだけの余裕が自分にあることにスザクは気づいていた。現金で笑ってしまう。だけどそれほどに、ルルーシュが自分の世界の中心なのだと身に沁みて知る。
『無事だったのですね! 今まで、どちらに・・・っ』
「黒の騎士団で、ゼロと話をしてきました」
息を呑む音がする。スザクは見てきたことを、ゼロから、ルルーシュから告げることを許された内容をそのままに伝える。
「コーネリア総督にもお会いしました」
『お姉様は・・・・・・お姉様は、ご無事で・・・?』
「はい。怪我などもなさっておられず、一室に閉じ込められてはいますが、扱いは決して悪くありません」
『そう、ですか・・・』
「ゼロは本日中に総督を無事に解放すると約束してくれました。ですから、どうか軍は動かさないで下さい。ゼロの好意を思うなら、どうか」
『・・・・・・分かりました』
頷く気配に、スザクはほっと肩を撫で下ろす。ルルーシュとユーフェミア。対極だと思っていた二人の皇女は、本当はとてもよく似ていたのかもしれない。もしかしたら、ユーフェミアが婚約者だったら、自分は彼女を好きになったのかもしれない。そんなことを考えてスザクは首を振った。ユーフェミアに恋をしている自分がどうしても想像できなかったのだ。ルルーシュへの想いはこんなところにも影響を及ぼす。これが唯一に縛られることなのだとしたら、何て心地良い。
だからこそ、他は断ち切らなくてはいけない。自分のために、何より彼女のために。
「ユーフェミア皇女殿下」
出来るだけ優しく聞こえればいいと思う。
「今まで、どうもありがとうございました」
『スザク・・・・・・?』
「僕は、あなたの望む騎士にはなれません。あなたではない人を守りたいんです。その人だけを想いたいから、あなたの気持ちには応えられません」
『・・・・・・・・・』
「本当は七年前に言うべきでした。僕は、あなたの騎士にはなれない」
かつて、シュナイゼルが言っていたことを思い出す。彼は、スザクがユーフェミアを傷つけることを予想していた。その通りになってしまったとスザク自身思う。だけど消せなかったのだ。七年のときを持ってしても、この思いだけは。
『・・・・・・分かって、いました。スザクは決して、私を見ようとはしないことを』
「殿下」
『分かっていました。それでも私は・・・・・・っ』
「・・・・・・ありがとうございます」
通話口の向こうで空気が震える。泣いているのかもしれない。だけど、スザクにその涙は拭えない。代わりに捧げられるのは、一つの言葉だけ。
「ありがとうございました、ユーフェミア殿下。あなたの幸せを願っています」
溢れた嗚咽から耳を離し、スザクはそっと受話器を下ろした。溜息を吐き出し、ルルーシュに会いたいと少しだけ思う。だけどそれを振り払うように、スザクは新たな小銭を投入して番号をプッシュした。こちらもスリーコール以内に相手が出る。昼夜どころか時間の概念が存在しないような部署だったけれども、一日しか経っていないのにそれが酷く懐かしい。
『はーい、こちら特別派遣嚮導技術部! もしかして枢木准尉?』
「おはようございます、ロイドさん」
『はいはい、おはよう。やっぱり生きてたんだねぇ。そうだよねぇ、あの優しいゼロが元婚約者の君を殺すはずがないもんねぇ』
実はちょっとだけ愛憎劇も期待したんだけど、なんて言ってロイドはけらけらと声を上げて笑う。スザクの中を驚愕が走ったけれども、それを見越したかのよういロイドは続けた。
『心配しなくてもいいよ? シュナイゼル殿下にどうこうする気はないらしいし』
「・・・・・・すべてお見通しだったってことですか」
『まさか! 枢木准尉の爪が甘かっただけだよぉ。軍人たるもの戦場で感情は隠さなくちゃね』
「今後気をつけます。それで、シュナイゼル殿下にお会いしたいんですけれど」
『いいよ。僕たちもちょうど本国への帰還命令が出てるし、君も一緒に行く?』
「ええ、是非」
『殿下も君の返答次第では手を貸して下さるようだよ? 国獲りにも、君の恋にもね』
一体どこまで彼の手の内なのだろう。返答とは一体何を問われるのか、不可解に思うけれども自分は素直に答え、そしてシュナイゼルの支援を願うだけだ。七年の間で理解している。第二皇子シュナイゼルは単に利益だけでなく、スリルや楽しみをも玩ぶような人なのだ。
「そういえばロイドさん」
『何ー?』
「ランスロット、置いてきちゃいました。すみません」
『・・・・・・せっかく忘れようとしてたのに何で言うかなぁ。いいよ、データは残ってるし、また作るから。その代わり、お詫びとしてルルーシュ殿下との一晩でも語ってよ』
「盛大な惚気になりますから覚悟しといて下さいね」
笑って、今いる場所を告げてスザクは通話を切った。ビルの合間からようやく朝日が昇り始め、街をオレンジに染めていく。白い空が緩やかに青へと変わっていき、広大な空が姿を現す。煌めく眩しさに、スザクはそっと目を細めた。
「あぁ・・・・・・綺麗だ」
生まれて初めて、スザクはそう思った。
新たな日々が始まる。
2007年3月31日