ただ、生きていてくれて嬉しくて。ただ、恋することが出来て嬉しくて。
ただ、君と出会えて本当に嬉しくて。
愛していると伝えたい。この世のすべてに感謝を。
and I love you
16.至上の恋
メイドらしい洋服の女性に付き添われて入ってきたルルーシュは、額に包帯を巻いている。漆黒の髪にそれはあまりにも鮮やかで痛々しい。
「ゼロ! 怪我は大丈夫なんですか!?」
「ああ、カレン。心配かけてすまない。首尾は?」
「万事予定通りだ。すべて整っている」
「そうか。それじゃ神楽耶、決行は明日午前」
「かしこまりました。手配致します」
カレンに手を振って答え、ルルーシュは藤堂の言葉を受けて神楽耶に指示を出す。その様は彼女が確かに彼らのリーダーであることを示していた。まとっているのは、スザクも何度か戦場で見たことのあるゼロの衣装。マントはないけれども、細身のスーツにドレスタイ、黒い手袋。胸は何かで潰しているのか平らに近く、一見する限り男にしか見えない。それでも注視してみれば、その首筋も、腰の細さも、滑らかなラインもすべて女性しか持ち得ないものだ。鮮やかな姿態を動かし、ルルーシュはスザクの前へと足を進める。
「久しぶりだな、スザク」
かけられる声は気安い。向けられる笑顔が何だか不思議で、そういえば自分が彼女に笑いかけられたことは少ないのだとスザクは思い出した。学園でのルルーシュは記憶喪失の振りをしていたのだからカウントには入れない。だとすれば、七年前ということになる。
「ルルーシュ・・・・・・」
「まさか軍人になってるとはな。あのままユーフェミアの騎士をやっているものだとばかり思っていたのに、まさかランスロットのパイロットがおまえだったとは」
とんだ誤算だ、と言ってルルーシュは肩を竦める。さらりと揺れる黒髪を、スザクは呆然と見つめた。
「だけど、それももう終わりだ。明日、エリア11は日本に戻る」
「え?」
「おまえも明日には解放してやる。そうしたらユーフェミアの元に帰り、大人しく日本から引き上げろ」
「・・・・・・ルルーシュ」
「記憶喪失を装っていたことは悪かった。俺が生きていたことに対する良い言い訳が思いつかなくてな。ゼロに関しては仕方ないだろう? おまえはユーフェミアの騎士なんだから」
「違うよ、ルルーシュ。僕が聞きたいのはそんなことじゃない」
やけに心が静かで、スザク自身不思議なくらいだった。ルルーシュが言葉を噤んで唇を閉ざす。そのアメジストの瞳をじっと見つめた。あの指輪を彼女はまだ、持っていてくれていた。おそらくそれが真実なのだろう。言葉に彼女の本質は表れない。そう、いつだってそうだった。
「僕たちは、もっと話をするべきだ。きっと、ずっとそうだったんだ。七年前だって、僕は自分の無力を嘆く前に、君から話を聞くべきだった。例えどんなに力になれなくても、話をして、互いを知り合うべきだったんだ。君の考えは君にしか分からないんだし、僕の想いは僕にしか分からないんだから」
拘束されている手では、目の前のルルーシュを捕まえることが出来ない。代わりとでもいうように、スザクは合わせた瞳を決して逸らさなかった。アメジストの瞳が揺れる。それを隠すように鋭さを増す。愛しいと素直に思えたから、スザクは笑った。
「好きだよ、ルルーシュ」
目の前の彼女が息を呑む。すべて取っ払ってしまえば、スザクに残るのはそれだけだ。
「君に記憶があってもなくても、君がゼロでも、例えどんな存在でも君が好きだよ。僕の気持ちは七年前から変わらない」
「・・・・・・っ」
「好きだよ、ルルーシュ。だから君と話がしたい」
心から言葉が溢れる。今なら素直に言える。そう、望みはない。
「僕のことが必要ないなら、そう言ってくれればいい。それでも僕が君を愛してることに変わりはないから」
ルルーシュの瞳が見開かれ、その細い咽が息を呑み込んで揺れる。まるで信じられないものを見るかのようにスザクを見つめる。しんと静寂の広がっていた場に、誰かの噴き出す声が響いて、ルルーシュは弾かれるようにそちらを見て眉を吊り上げる。
「ラクシャータ・・・・・・!」
「諦めな、姫さん。坊ちゃんはもう譲らないよ。姫さんの負けだ」
くつくつと肩を揺らし、ラクシャータは髪をかき上げる。彼女は至極楽しそうな笑みを浮かべているが、隣に立つ神楽耶はどこか不機嫌そうに眉を顰めていた。カレンも同じように不愉快そうで、そういえばここには自分とルルーシュ以外の人間もいたのだとスザクは今更ながらに思い出す。だけどブリタニア軍人である自分に、ゼロであるルルーシュと二人きりで話す機会など与えてもらえるわけがない。それに、例え誰がいようとスザクが言いたいことは変わらない。ならばルルーシュがいるだけで十分だった。
「言っちゃいな。今ならあたしたちしかいない。秘密にするよ」
「・・・・・・っ・・・言うことなど何もない!」
「じゃあ、あたしが代わりに言おうか? 姫さんがどれだけ坊ちゃんを愛しているのか」
「黙れ! 俺はスザクなんか愛してない! いらない! スザクなんかいらない! いらない、いらない、いらないっ!」
「・・・・・・ルルーシュ」
黒髪を振り乱し、声を荒げて否定する姿に、スザクは一歩近づく。びくりと肩を震わせて、ルルーシュは足を後ろに下げた。スザクに向ける顔は恐怖に引き攣っており、痛ましいと思うけれど、それでもスザクは更に近づく。緩く、黒髪が振られた。
「指輪、持っててくれたんだね」
「っ!」
「僕も持ってる。このパイロットスーツの下に、首からずっと提げてたよ」
指にはもう、入らなくなってしまったから。そう告げて微笑み、スザクは足を止めた。触れたくて手を伸ばしたいけれど、それも出来ない。どうしたらこの想いが伝わるのかと、心から思う。いっそ心臓を差し出せたらよいのに。この身体すべてで、心を抱きしめられたら良いのに。不安になることなんて一つもないんだと伝えたい。
「好きだよ、ルルーシュ」
こんなことしか言えない自分を、心底不甲斐なく思う。
「好きだよ、ルルーシュ。こんなことしか言えなくてごめん。だけど、本当に好きなんだ」
そっと手を伸ばす。拘束されたままだから両手で、そっと、可能な限り優しくなるように、手袋に包まれた指に触れる。頼りなく細い指は震えたけれども、振り解きはしなかった。
「・・・・・・俺は、おまえを捨てた」
泣きそうに歪んだ顔で、ルルーシュはぽつりと漏らす。うん、とスザクは頷いた。
「俺はもう、ゼロなんだ」
「うん」
「ゼロを名乗ったとき、ブリタニアを捨てたんだ。おまえも、一緒に」
「うん」
「俺はゼロだ」
「うん」
「ルルーシュじゃ、ない」
「うん」
「俺はゼロなんだ。これからだって、何度だってゼロになる。俺はおまえ以外のために、何度だっておまえを切り捨てる。おまえを傷つける。俺は、何度だって、おまえを」
「うん、構わない」
手を握り締める。顔を上げたルルーシュに微笑みかけ、スザクは顔を近づけた。茶と黒の髪が混ざり合い、互いの瞳だけが見える距離で、ゆっくりと、誓う。
「馬鹿だなぁ、ルルーシュ。僕はそれでも君が好きなんだよ」
もうどうしようもないよ。だから諦めて?
そっと囁けば、アメジストの瞳がこれ以上ないほどに瞠られ、そして苦しげに、悔しげに細まった。ぽろりと零れ落ちた大粒の涙に、スザクはそっと唇を寄せた。
やっと判った。ルルーシュの、僕。
2007年3月29日