スザクの知っている情報は僅かだ。
ルルーシュがいるというのにブリタニアは日本を侵略し、その際に日本政府は彼女を人質とした。しかし戦争は続けられ、敗北の屈辱を晴らすためにルルーシュは殺され、次いで戦争の責を取るために枢木玄武は自殺した。けれどアッシュフォード家が、殺害される前にルルーシュを助けだすことに成功した。そのときすでに彼女は一切の記憶を失っていた。以後はアッシュフォードに守られ、学園で生活していた。スザクが知っているのはそれだけだ。
だけど真実は、違う姿を見せようとしている。





and I love you
15.王の軌跡





「七年前、在日ブリタニア大使館に一人の施政官が送られてきた」
桐原がゆっくりと語り出す。昔を思い出しながらのそれは、まるでお伽話のように聞こえる。他の四人の老人たちも、それぞれに目を伏せて耳を傾けている。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇女殿下。まだ10歳の女児に、我々日本政府は怒りよりも屈辱を覚えた。こんな子供をよこしてくるとは、舐められるにも程がある。けれども違った。ルルーシュ殿下は確かに政治の才を持ち、立派な大使を務めていた。何より彼女は大使となる前から自国と日本の開戦を避けるべく、出来る限り多くの手を打とうとしていた。ラクシャータもその一人だ」
桐原とスザクの視線を受け、ラクシャータはキセルを吹かして唇を吊り上げる。褐色の肌も色の薄い髪も、科学者とは思えないその雰囲気も変わっていない。彼女が開発したとされる紅蓮弐式にはブリタニア軍も散々てこずらされた。欠けていたパズルのピースが一つ埋まる。
「ルルーシュ殿下の行動の真意に、最初に気づいたのは玄武だった。玄武はすぐに殿下と意思が同じであることを確認し、共に日本を守ることを誓い合った。だがすでに時は遅く、ブリタニアは日本への侵略を開始した。ルルーシュ殿下がおられるにも関わらず」
藤堂の手が握りしめられる。腰に帯びている刀は、ずっとゼロを、ルルーシュを守ってきたのだろうか。辛そうに顰められる眉に、スザクはその推測が事実だろうと思う。
「開戦を知るや、ルルーシュ殿下はすぐに自分の身を上手く使い、ブリタニアに撤退を求めるよう玄武に進言した」
「えっ・・・・・・逆じゃ、」
「日本国民は皆知っている。殿下は身を呈して日本を守ろうとして下さった。だがブリタニアは殿下を見殺しにし、逆に激しく攻め込んできた。ナイトメアフレームの建造も間に合わず、日本は敗北した」
「そんな・・・・・・っ!」
「玄武は自ら責任を取ることを決めていた。だが、その前にあやつはルルーシュ殿下を逃がそうとした。我々とて、ブリタニア人であろうと、日本のために尽くして下さった殿下を殺すつもりはない。日本は屈したが、殿下のような方がブリタニア皇族であられるということは、未来への希望でもある。だが、玄武はそれ以上に殿下を生かしたがっていた。・・・・・・何故だか分かるか?」
低い声で尋ねられ、スザクは震えるように首を振る。ルルーシュを殺して自らも死んだとされている父親が、実はそうではなかった? 彼女を生かそうとしていた? それは何故。
「玄武は言っていた。『例え一時だったとしても、スザクの婚約者であってくれたのなら、それは私の娘も同じ』」
桐原の声に、亡き父の声が重なる。
「『子の幸せを願わない親などいない。どうか生きて、幸せになってくれ』・・・・・・と」
言葉がすり変わる。すでに記憶の底にある父の声。尊敬していた。憧れていた。父のようになりたいと思っていた。国を背負って立つ姿はたくましく強く、触れ合いは少なくて寂しかったけれど、それ以上に慕っていた。だからその分、憎んでもいた。ルルーシュを殺した男。憎む以外にどうすれば良かったのだろう。ルルーシュを愛している。だから憎むしかなかった。だけど、だけど。
スザクの頬を涙がこぼれ落ちる。父はやはり父だった。スザクの憧れた、厳しくとも優しさを持つ、強い父親のまま。
「父さん・・・・・・っ!」
崩れた膝が床にぶつかる。だけどスザクは気にならなかった。嬉しい。その気持ちだけがどんどんと涙になって溢れてくる。七年間、かたくなに抱き続けてきた憎しみが溶けていく。現れる、父への敬愛。
「玄武は敗北の見せしめとして殺される前に、自ら死を選んだ。そんなことをする必要はないとルルーシュ殿下は止めようとしたが、玄武の意思は固く、あやつはついに命を絶った」
「・・・・・・墓は、あるんですか?」
「無論。ブリタニアは建造を許さなかったが、我々が密かに葬った」
「ありがとう、ございます・・・・・・」
心から頭を下げる。桐原は目を細め、話を続けた。
「ルルーシュ殿下は、玄武を本当の父親のように慕っていた。自らの父親に攻撃されたことも多分にあっただろうが、何よりおまえの父親ということが大きかったのだろう。その玄武の死を目の当たりにし、殿下は決意されてしまった。自国を捨て、日本のために生きることを」
神楽耶が僅かにまなざしを伏せ、カレンが顔を歪める。ルルーシュと同じ年頃の彼女たちは、一人戦い続ける少女に何を思ったのだろうか。
「殿下は自ら髪をお切りになり、それを遺髪としてブリタニアに提出するよう我々に言った。ブリタニアの姓を捨て、これからは日本と日本国民のために戦うとおっしゃられ、殿下は新たな名を名乗った。それが、『ゼロ』だ」
告げられた内容にスザクは立ち上がる。今の話が本当ならば、スザクは大きな過ちを信じていることになる。
「待って下さい! それじゃあ・・・っ・・・それじゃあ、ルルーシュの記憶は!」
「アッシュフォードはゼロの望みに従い、偽りを語った。かの家はルルーシュ殿下のためだけに動く」
「じゃあ・・・・・・!」
「―――覚えているよ、スザク」
真実の是非を尋ねようとしたスザクの言葉に、後ろから声が被さる。それを認識してしまった瞬間、身体が雷に打たれたかのように痺れた。振り向きたいのに、足が震える。振り向けば、きっといる。スザクの愛した少女が、七年前そのままに。声はもう一度、ゆっくりとスザクの心に流れ込む。

「すべて覚えているよ。ユーフェミアの騎士・・・・・・俺の、元、婚約者」

アメジストの瞳が苦痛を堪えるように細められ、その姿をみた瞬間、スザクは泣き出さずにはいられなかった。
愛しい人が、そこにいた。七年の時を経て。
スザクのルルーシュが、そこにいた。





僕はいつだって、後になって気づくばかりで。
2007年3月28日