鈍い痛みがする。頭の後ろから、ずきずきと訴えてくる。眠っていることが出来ずにスザクはおぼろげにまぶたを開いた。視界に広がる天井は白く、スザクの自室でも、軍の仮眠室でもない。どこだろうと思っていると、少し離れた場所から声がかかる。
「起きたのか、枢木准尉」
反射的に身を起こすが、走った痛みにうめき声を上げてしまった。それでも顔を向けると、大きなガラスを二枚挟んだ向こうに、色鮮やかな髪を見つける。
「コーネリア総督・・・・・・!?」
名を呼べば、彼女は自嘲気味に唇を歪めた。間に通路を挟んで、おそらく同じような部屋に閉じ込められているのだろう。牢屋ならば格子だろうが、この部屋はガラス張りだった。それでも清潔なベッドど洗面台があり、衝立の向こうにはおそらくトイレもあるのだろう。物は少ないが、綺麗ではある。牢屋と言うにはあまりにも設備の整っているそこに、今二人は閉じ込められていた。手首を拘束している鎖が、唯一の捕虜の証に見える。
「ここは・・・・・・」
「おそらく、黒の騎士団の本拠だ。私に続いておまえまで囚われるとはな。これではブリタニア軍も終わりか」
「そんなことは!」
「決定的だ。この恰好の隙を、ゼロが何もせずに見逃すはずがない」
出てきた名にスザクの全身が跳ねる。思わず指先で探るようにパイロットスーツの襟元を緩め、リングを握る。思い出す。アスファルトに転がったアメジストと翡翠。同じものをゼロが持っていた。外した仮面の下、現れたのは。
「・・・・・・おまえも、知ったのか」
コーネリアの憐れむような声がやけに響いて聞こえる。常の彼女からは考えられないほど、覇気のないそれ。けれど複数の足音が聞こえて口を閉ざす。現れた男たちは、黒の騎士団特有の団服を身につけていた。そして、彼らに守られるようにして歩み出てきた少女に、スザクは目を見開く。
「神楽耶・・・・・・!? どうして、君が」
「久しぶりですね、スザク」
緩やかに目を細めて少女が笑う。皇神楽耶という名の彼女は、スザクの幼馴染だった。首相の息子と皇族の内親王として、スザクがブリタニアに行くまで、兄妹のように日々を過ごした仲だった。





and I love you
14.己を笑え





日本人特有の、少し碧がかった長い黒髪が揺れる。服装はどこか着物を思い出させるもので、約八年振りに会う神楽耶はすでに子供ではなく少女になっていた。浮かべられる笑みは穏やかなもので、彼女の揺るぎない心を感じさせる。今や遺された唯一の皇族であるという自覚が、彼女を大人に見せているのかもしれない。スザクの反対の部屋で、コーネリアが唇を歪めた。
「まさかNACが一丸となって黒の騎士団を支援していたとはな」
ゆるりと神楽耶が後ろを振り返る。ブリタニアの皇女と、日本の皇女。繁栄している国と、消え落ちた国。本来ならば成されなかっただろう対面が、今まさに果たされている。
「ブリタニア内政省からイレブンの統治を任されているグループ。まさか奴らが最初から我々を裏切っていたとは」
「裏切りは互いに信頼し合った上で成り立つ行為。あなた方が私たちを信じて下さっていたのなら、その期待にも応えたでしょう」
「果たしてどちらが先だったのだろうな。日本がブリタニアを裏切ったのか、ブリタニアが日本を裏切ったのか」
「それは間違いなく後者ですね。ルルーシュ様が在るのを知っていながら、ブリタニアは日本を攻めたのですから。あなた方は、自らをも裏切った。さぞかし国民は悲しんだことでしょう」
一回り近く年上のコーネリアに臆することなく、神楽耶は微笑を投げかける。
「窮屈でしょうが、今しばらくご辛抱下さい。二、三日中には楽にして差し上げますから」
それがどんな意味なのか問うことは許さず、神楽耶は再びスザクを振り向いた。ベッドで身を起こしたままの彼を見下ろし、厳かに告げる。変わらず浮かべられている笑みが、彼女の本意を隠していた。スザクの知る昔のあどけない面影も、今はない。
「ついてきなさい、スザク。あなたに真実を教えて差し上げます」
男たちによってガラスの内にある扉の鍵が外される。両手の拘束を確認され、スザクは廊下に引きずり出された。間近で相対する幼馴染はやはりスザクの知らない顔をしており、その瞳には冷ややかな光が宿されていた。



歩まされる廊下は意外なほどに広く、そして綺麗だった。先ほどの部屋にも言えることだが、黒の騎士団の、テロリストの本拠地にしては整備されており、戦いの暗さを感じさせない。前を行く神楽耶の足取りに迷いはなく、それは彼女がこの施設に慣れていることを感じさせる。日本がブリタニアに敗退したとき、王は二人もいらないと言われ、殺害された日本皇族。その末裔である神楽耶が生きていたことはスザクにとって予想外であり、そして喜ぶべきことでもあった。けれど素直にそう思うことが出来ず、今は彼女の存在に不可思議さを覚えてしまう。
「・・・・・・神楽耶」
「神楽耶様と呼べ」
左右を囲んでいる男の一人が、スザクに銃を押し付け訂正を促す。
「例え枢木首相の息子であろうと、神楽耶様への不敬は許さない」
「・・・・・・どうしてそこで父さんが出てくるんだ。あの人はルルーシュを殺したのに」
「でも、亡くなっていなかったでしょう? ルルーシュ様は生きていた」
振り向きもせずに神楽耶は声だけをよこす。エレベーターに乗り、随分と上がったけれども、窓がないのでどこにいるのか検討もつかない。たどり着いた扉は両開きの木で出来たもので、控えていた団員によってそれはゆっくりと開かれる。
飛び込んできた光景にスザクは目を見張った。一面のガラスの向こうに広がる、白い冠を頂いた姿。イレブンは、日本人はもう目にすることさえ許されない富士の山が、そこには雄大に広がっていた。
そして、その手前に並ぶ人々。見覚えがある人物もいれば、まったく知らない顔もある。ただ中央に座っている五人の老人たちはスザクも覚えていた。過去、彼らの中に父がいた。桐原泰三が懐かしみを帯びた声を発する。しわがれた顔からは想像出来ない張りのある声だ。
「久しぶりだな、玄武の倅よ」
「・・・・・・どうして、あなたたちが」
「我らは日本人の自治を司るNACにして、日本最大の秘密結社。黒の騎士団を支援する者」
背後の扉が閉められる。懐かしい顔ぶれ。ラクシャータがいる。藤堂がいる。あの赤い髪の少女は、もしかしてカレンだろうか。アッシュフォード学園の生徒である彼女が、どうしてここに。関係のない思考ばかりが逃げるように働く。しかし、次の声がスザクを現実に引き戻した。
「枢木スザク。おまえには聞く義務がある。亡き枢木玄武の息子として、何よりゼロ―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを愛しているのなら、おまえは逃げることを許されない」
「・・・・・・ルルーシュは、無事なんですか?」
「無論だ。殿下は自ら語ろうとなさらないだろうが、我々はあの方が誤解されることは本意ではない。ルルーシュ殿下は誰より、おそらく我々日本人よりも日本を愛して下さっているのだから」
桐原の目が探るように、見定めるようにスザクの身体を這う。拘束されている手を握りしめ、スザクはぐっと顎を引いた。聞かなくてはならない。ルルーシュがゼロであるというのなら、ゼロがルルーシュであるというのなら、何よりその話を聞かなくてはならない。彼女が選んだ、その道を。
「教えて下さい。ルルーシュと父に、一体何があったのか」
逸らすことなく見つめ返し、スザクは問うた。ガラスの向こうに懐かしい景色が広がる。決着をつけなくてはいけない。そう、すべてのものに。





知らないことは、罪だと知った。
2007年3月26日