『スザク君、作戦を確認するわ』
ランスロットを通じ、セシルの声が聞こえてくる。手元のキーを一度膝に置き、スザクはパイロットスーツの襟元を緩めた。手を差し込み、ネックレスのチェーンを引き上げる。
『紅蓮弐式はダールトン隊が抑えるから、ランスロットはゼロだけを狙うこと。目標は破壊せず、捕縛を何よりも最優先。後のコーネリア総督との引き換えのために、ゼロを殺しては駄目よ』
「はい」
久しぶりに見たシルバーの指輪。先の戦闘の際には、ルルーシュを思い出してしまい触れることが出来なかった。けれど今はそれを穏やかな気持ちで見つめることが出来る。内側で輝く、アメジストと翡翠。そっと口付けを贈る。
『奇襲だから出来るだけ迅速に。ゼロを捕縛した後は、すぐさま帰還』
「分かりました」
『いい顔だねぇ。何か面白いことでもあった?』
「ロイドさんのおかげですよ」
セシルの横からモニターに割り込んできた相手に、スザクは笑みを返した。リングは大切にパイロットスーツの中にしまう。愛しさだけが心にある。
「思い出したんです。自分がどんなに、ルルーシュを愛しているのかを」
そこに自分の存在がなくとも、生きてさえいてくれれば。
愛するという幸福だけは、この心に残るのですから。
and I love you
12.真実は晒されていた
こんなに静かな気持ちで戦場に立つのは、初めてのことだった。ルルーシュの死後、軍に入ってから多くの戦地を駆けてきた。そのどれもが殺戮と復讐のためで、相手を屠る度に暗い喜びを得て、深夜に墓石へと報告をした。だけど今は違う。初めて、帰るために戦場に立つ。
『ダールトン隊、紅蓮弐式を確認! ゼロは・・・・・・いたわ! 前方3000、武頼!』
「ランスロット、行きます!」
強くレバーを握る。この手も、今度は違う使い方をしよう。彼女を捕まえるためじゃなくて、怖がらせるためじゃなくて、笑顔で手を振れるような、願わくば抱きしめさせてもらえるような、そんな使い方をしよう。今度は限りなく優しく、彼女に触れたい。
「ゼロ、今すぐ投降しろ。君の武頼じゃランスロットには敵わない」
『奇襲か・・・っ! 白衣の騎士様が良く言ったものだな!』
「投降しないのなら力で捕縛する。コーネリア総督は返してもらう」
話をしたい。ミレイには怒られてしまうかもしれないけれど、彼女の失っている記憶も含めて、いろんなことを話したい。もしかしたら思い出すのを嫌がるかもしれない。怖がるかもしれない。そうしたら自分が話すのは止めて、彼女に話をしてもらおう。七年の間、彼女が何を知り、何を見て過ごしてきたのかを教えてほしい。
『我ら黒の騎士団だけでなく一般人も巻き込んで! それがおまえたちブリタニアの結論かっ!』
「・・・・・・仕方ないだろう。これが戦争だ」
『人命を仕方ないで済ませるのか! 逃げろ、おまえたち! 死にたくないのなら逃げろっ!』
「よそ見している暇はないよ、ゼロ」
『・・・・・・っ!』
そして、言ってほしい。彼女が今、何を望んでいるのか。そのためにスザクに出来ることはあるのかどうか。もしあるのなら手伝いをしたいし、ないのなら見守りたい。どんな些細なものでも構わない。出来ることなら、彼女が望んでいることを、この手で叶えてみせてやりたい。
「紅蓮弐式も、藤堂も四聖剣も来ない。君の剣はもう折れた。投降しろ」
『・・・・・・っ』
「命は奪わない。コーネリア総督との身柄の引き渡しに使うだけだ」
『信じられるか!』
「そうだね、それだけのことを君はした」
ヴァリスの銃口を武頼に向けて構える。崩れかけているビルの前、逃げなければ狙い撃ちされるというのに、ゼロの機体は動かない。何かがひび割れたアスファルトの上を動いている。奇襲のため逃げる時間を与えられなかった一般人たちだろう。イレブンもブリタニア人も、数多くの命がそこにある。彼らを死なせないためにゼロが動かないのだとしたら。
「―――君こそが、本物の騎士だ」
心から呟き、スザクは引き金を引いた。
すべて終わったら、学園に行こう。もしかしたら怒って顔を合わせてくれないかもしれない。声をかけることすら許してくれないかもしれない。それでも何度でも謝ろう。頭を下げて言葉を重ねて土下座でも何でもしてみせるから、どうかどうか許してほしい。不服そうに唇を尖らせて、呆れたように肩を竦めて、そして「仕方がないな」と言ってほしい。
その後でどうか言わせて。出会ってからずっと抱いてきたこの想いを。他者さえも恨み、醜く変貌し、彼女自身すら傷つけるほどに膨れ上がり、けれど捨て去ることが出来なかったこの想いを。どうか言わせて。受け入れてもらえなくてもいいから。だからどうか、言わせてほしい。もう一度だけ。
「ルルーシュ、君が好きだ」―――と。
ヴァリスは武頼のコクピットぎりぎりの個所を貫いた。機能の大元を破壊され、ナイトメアの巨体がゆっくりと傾く。砂埃を上げて地に伏した機体を見下ろし、スザクは特派へと連絡を入れる。
「ゼロを止めました。これより拘束します」
座席の下に備えている銃を握り、ハッチを開く。聞こえてくる破壊音は激しく、まだ戦いが続いているのだろう。早くしないと紅蓮弐式に追いつかれるかもしれない。軽く跳躍して降りれば、地面がかすかに揺れている。アスファルトの亀裂を避けながら、スザクは武頼へと近づいた。ヴァリスの一撃によって破られ、コクピットは剥き出しになっている。仮面が爆撃の閃光によってオレンジ色に輝き、相手が確かにゼロであることを教えた。動く様子はない。それでも銃を構え、スザクはその身体へと手を伸ばす。細い肩だ。マントに覆われていても分かるその薄さに眉を顰める。きらりと何かが光った気がして、スザクはマントの襟元を外した。銀色のチェーンがちぎれ、支えをなくしたリングが地を転がる。内側から覗く、アメジストと翡翠の輝き。
「・・・・・・え?」
震えたのは、声か、心か。一瞬、理解が追いつかなかった。世界に二つしかないはずの指輪を、何故ゼロが持っている? だってこれは、ルルーシュがスザクにくれたものだ。彼女が日本へ渡る前日にスザクを呼び出し、「俺たちの瞳の色」と言ってくれたもの。それを何故、ゼロが。
予期しない目の前の事実に、スザクの全身が震える。真実は仮面の下にある。逃げることは許されない。帰るために自分はこの戦場に立ったのだ。すべて終わらせて、彼女に会いに行くために。今度こそ想いを告げて、この恋に一つの蹴りを着けるために。結果はどうあれ、自分が彼女を愛していることに変わりはないのだから、せめて笑ってもらえるように。会いに行こうと、思っていたのに。
仮面に添えた手は、これ以上ないほどに震えていた。ロックを外し、ゆっくりと持ち上げる。現れた黒髪は綺麗で、褒めた過去が鮮やかに蘇る。白い額が血に濡れている。下ろされているまぶたの裏側、強く前を向く瞳を知っている。
「ルルーシュ・・・・・・っ!」
抱き上げようとしたが、それは出来なかった。後頭部に激しい痛みを感じ、スザクは崩れるようにして愛しい少女の上に倒れた。
遠ざかっていく意識の中に君がいる。せめてこの手が、届いてくれたなら。
2007年3月23日