「どうして撤退なされたのですか!」
だんっと叩かれた机に、ユーフェミアはびくりと身を震わせる。並ぶ隊長たちの表情は一様に暗く、ダールトンのように怒りを露わにしている者もいれば、ギルフォードのように心配をに眉を顰めている者もいた。ブリタニア軍はナリタから撤退した。ゼロの命令通りに。
「総督ならばきっと、ご自身のお命と引き換えにしてもゼロを捕らえろと仰ったでしょう!」
「・・・・・・分かっております。お姉様は武人ですから、きっとそう仰られたでしょう」
「では何故! あのまま攻め続ける余力は十分にありました!」
「戦い続けることは、確かに出来たと思います。ですが、それで何が残るのですか? お姉様の躯と、我が軍の多くの被害ですか? わたくしはそんなもの認めません」
唇をかみしめ、ユーフェミアはぐっと顔を上げる。戦場を知りたいと言って付いてきていた彼女は、今まさに戦地に立っていた。言葉一つで人が死に、命令一つで国が死ぬ。
「ゼロは、今までどの戦いにおいても民間人を避難させてきました。イレブン、ブリタニア人、人種など関係なくすべての人々をです。その人命を尊ぶ優しさに、私は懸けたいのです」
震える足を、手を叱咤する。武人ではないユーフェミアにとっては、ここが戦場なのだ。愛しい姉のために、自分は今、戦士になる。
and I love you
11.皇女と皇女
ナリタから撤退したブリタニア軍は、全軍待機を余儀なくされていた。上層部は間違いなくコーネリア奪還の策を練っているだろう。黒の騎士団からの要求もまだなく、一般兵たちはじりじりと不安を抱えながら命令が下されるのを待っている。スザクもそれは同じで、特派のラボにてランスロットを見上げていた。白い機体は美しく、何物をも寄せ付けない高潔さを感じさせる。
「枢木准尉、こんなところにいていいのかなぁ? 君のお姫様は今、大変みたいだよ?」
コーヒーカップを揺らし、ロイドが歩み寄ってくる。総督が捕らえられているというのに、彼の顔には焦りも悲嘆も見られない。特派が第二皇子シュナイゼルの持ち物だからとしても、あまりに情のないその様子にスザクは僅かに眉を顰める。
「僕が今傍にいたところで、第四皇女のお役に立つことは出来ません」
「そんなことないよぉ。誰だって好きな人には傍にいてもらいたいものじゃない? それが緊急事態なら、なおさら」
「・・・・・・だったら、余計傍にはいられません。僕は、彼女の望む騎士にはなれませんから」
「へぇ、認めるんだ?」
「今更でしょう?」
笑う気力さえなくて顔を背けると、ランスロットの黄金が目に入る。まるで太陽のような輝きに、ステンドグラスを思い出す。あれからスザクは学校に行っていない。ルルーシュとも顔を合わせるどころか、声すら聞いていなかった。
謝らなければと思う。そして、彼女のことが本当に好きなら、その幸福を願わなくては。好きな人と上手くいくように祈って、その結果、彼女が笑ってくれたなら良い。それを喜びにしなくてはいけないと頭では理解しているのに、心がかたくなに拒絶する。見返りを求めてしまっている。ルルーシュに愛されたいと、願ってしまっている自分がいる。
「・・・・・・どうして」
呟きにロイドが視線をよこすが、スザクはランスロットを見上げ続けた。美しき高潔。彼女を思い出す。
「どうして、ルルーシュは日本を守り続けることが出来たんでしょう。僕が彼女に返せるものなんて、何もなかったのに」
むしろ望んではいなかったけれどユーフェミアの騎士となり、彼女の元を離れたというのに。母親譲りだということで忌避されていた黒髪を褒めたから。本当にそれだけの理由だったのだろうか。
「切欠がなければ、僕はルルーシュを好きになろうとさえしなかっただろうに、何で彼女は僕のために動いてくれたんでしょう」
「第三皇女、ルルーシュ殿下、マリアンヌ皇妃の長子、黒の皇女、君の元婚約者」
「どうして、ルルーシュは」
「懐かしいねぇ。シュナイゼル殿下の寵妹。僕もよく覚えてるよぉ。あの方は本当に献身的な女性だった」
弾かれたようにスザクは振り向く。ロイドは今まで何度となくルルーシュの名を口にしてスザクをからかってきたけれども、具体的に彼女について述べたのは初めてだった。しかもロイドは「献身的な女性」と言った。それはルルーシュの本質であり、彼女の行動の真意を知っていなければ到底評せない。目を見開くスザクに、ロイドはアイスブルーの瞳を細める。
「僕はこれでもシュナイゼル殿下の腹心だよ? ルルーシュ殿下にも直接お目にかかったことがあるし、それにここだけの話だけど、彼女がシュナイゼル殿下に与すると誓ったとき、僕もその場にいたんだよねぇ。君、マリアンヌ皇妃を殺害した犯人、知ってる?」
ああ、テロリストじゃない方ね、とロイドはさらりと言ってのけた。スザクもそれはシュナイゼルから教えられている。マリアンヌを殺したのは、寵愛を奪われることを恐れたシュナイゼルの母親だと。
「ルルーシュ殿下は、それをシュナイゼル殿下本人からお聞きになったよ。白皙の美貌を一気に青ざめさせちゃってさぁ。打ちひしがれて、涙を浮かべて、怒りに拳を震わせて、でも全部抑えるのに30秒もかからなかった。あれだけ綺麗な女性を僕は他に知らないよ。当時10歳だったんだから、本当に恐ろしいねぇ」
語るロイドはその場を思い出しているのか、うっとりとまなざしを蕩けさせる。空になったコーヒーカップが、彼の指でくるりと回る。
「真実を知らされて37秒後、ルルーシュ殿下は膝をついたよ。頭を下げて後見を願い出た。さすがのシュナイゼル殿下も驚いたらしくて理由を尋ねたよ。『何でそこまで枢木スザクに入れ込むのか』って。そしたら彼女、何て答えたと思う?」
にやにやとロイドは笑う。スザクは推測すら出来ず、呆然と答えを聞いた。
「『喪って気がついたのです。生きてさえいてくれれば、それだけで良いのだということに』」
そこに自分の存在がなくとも、生きてさえいてくれれば。
愛するという幸福だけは、この心に残るのですから。
黒の騎士団からの要求はないまま、コーネリア奪還の計画は立てられた。ランスロットのパイロットとして作戦会議に出席したスザクは、解散後にユーフェミアに呼び止められた。初めての、慣れない血生臭い戦場に神経を擦り減らしているのだろう。すがるように伸ばされた手を、スザクは頭を下げて避けた。無力なためにルルーシュから引き剥がされ、ユーフェミアの騎士となって早七年。今初めて、自らの意思で彼女に誓いを立てる。
「コーネリア総督は、お助け致します。必ず・・・・・・必ず」
これが最初で最後の誓いになるだろう。見上げたユーフェミアの瞳は泣きそうに歪んでいた。それでも涙を流さない様に、スザクは初めて彼女が確かにルルーシュの妹なのだと思った。
知っているよ、黒の皇女。君を愛し守ったお姫様。
2007年3月21日