ナリタ山での攻防は、完全にブリタニア軍の負けだった。黒の騎士団の勝利はメディアを通して伝えられ、弾圧に憂いているイレブンたちを多いに活気づかせた。もちろん租界のテレビ局がそんな放送をするはずがない。けれど黒の騎士団は独自のネットワークを持っているらしく、時に彼らは租界の電波を乗っ取り、ナリタでの攻防を世界中に見せつけた。黒の騎士団は、ゼロは、民衆の心を掴むことが恐ろしいほどに巧かった。彼の言葉は魔法のように人々を虜にしていった。
and I love you
9.奪った涙
一度とはいえ、敗北は確かにブリタニア軍に消沈をもたらした。もちろんコーネリアはまだ負けたわけではないし、スザクとてランスロットが紅蓮弐式に敗れたとは思っていない。情報があった分だけ、黒の騎士団が優位だった。それだけのことだ。次は必ず破壊してやる。そして、ゼロの首を。
軍が慌ただしかったため数日振りに学校に顔を出せば、生徒会室にルルーシュはいなかった。額を突き合わせて話をしていたリヴァルとシャーリーがスザクの来訪にぎょっと顔を上げる。ミレイは両手を開いて、すでに常連となっている彼を出迎えた。
「ハァイ! いらっしゃい、スザク君」
「こんにちは、ミレイさん」
「んん、良いお返事。でも君の探しているルルーシュ姫は、残念ながら不在なの。ちなみに行き先は個人情報により秘密」
人差し指を唇に当てて笑うミレイは、かなりの曲者なのだとスザクは転入してからこっちで理解していた。幼い頃にも利発で、一つ年上なだけには見えないと思っていたけれども、年を重ねてそれはさらに磨きをかけたらしい。そんな彼女は自身の能力をルルーシュのために最大限用いる。だからこそスザクは、ミレイに逆らおうとは思わない。しかし黙って見逃すには、自分が入ってきたときのリヴァルとシャーリーの反応が不可解すぎた。
時は放課後。まだ授業が終わって三十分も経っていない。デスクの上にはルルーシュのものと思われる鞄が置いてある。ミレイが落ち着いているということは、ルルーシュに何かあったというわけではないらしい。けれど不在ということは、校内で何か用事があったのか。教師からの指示や図書室などなら言わないでいる理由がない。だとしたら個人的な用事。リヴァルとシャーリーがスザクの登場に肩を震わせ、ミレイが「個人情報により秘密」というような用事。そんなものスザクには一つしか思い浮かばなかった。惚れた欲目かもしれないけれど、直感がそう告げる。
「何年何組の誰ですか」
問いかけは語尾が上がりさえしなかった。ニーナが驚いて目を丸くする。カレンは帰宅したらしくこの場にはいないが、リヴァルとシャーリーも唖然と口を開けていた。ミレイだけが楽しそうに笑う。
「さっすが、スザク君」
「どこですか」
「さぁ? 汗水流して努力するからこそ、恋は尊いものじゃない?」
それに人の恋路を邪魔する者は、とも言うし、教えてあげなーい。ミレイの言葉を最後まで聞くことなく、スザクは鞄を床に落として生徒会室を飛び出した。後ろでリヴァルの「すっげぇ、何で分かんの?」という感嘆と呆れを含んだ声が聞こえた。
アッシュフォード学園は広い。それこそ正門から寮までの敷地を考えればかなりのものになるだろう。その中からどうやってルルーシュを探そうかとスザクは頭を巡らしたが、とりあえず告白の定番となっていそうな場所からしらみ潰しに当たっていくことにする。屋上、中庭、裏庭、噴水。軍の訓練でも滅多に見せないスピードで駆けていると、五個目の場所で探していた声を拾うことが出来た。正面ホールのステンドグラス前。授業で使わない講堂は、人もほとんどなく確かに穴場だ。差し込む光を受け、ステンドグラスが七色に輝く。聞こえてきた声に、スザクは足音を僅かに抑えた。
「枢木スザクと付き合ってるの?」
男の、おそらくルルーシュに告白しているだろう男の口から自分の名が出たことに、スザクは大して驚かない。学校にいるときは常にルルーシュの傍にいるようにしているのだから、そう思われても当然だ。
「いや、スザクとはそんなんじゃない」
答えも想像通り。スザクはまだルルーシュに想いを伝えていないのだから、彼女の言い分は正しい。
「じゃあ、僕と付き合ってもらえないかな。大切にするよ」
「・・・・・・ごめん。悪いけど、今は誰とも付き合う気は」
「どうして? 好きな人でもいるの?」
え、と思わず呟き、スザクは足を止めてしまった。顔を上げればホールの床に二人分の影が伸びているのが見える。はっきりとした形ではないけれど、スザクにはそれがルルーシュのものであると確かに分かる。直感に近いそれは恋から来るものなのだと思っていた。だけど考えたことがなかった。だって自分は七年間変わることがなかったのだから、きっと彼女も。そう思って、いたのに。
「・・・・・・あぁ。昔からずっと、愛している人がいる」
記憶を失っている彼女がそう告げたとき、スザクの意識は暗闇に落とされた。足が動かない。立ち尽くす。拳すら握れない指先が震える。七年の、時。スザクには継続されていたそれ。ルルーシュにとっては零から始まったそれ。彼女の「昔」に、枢木スザクは、存在しない。
―――刹那、湧き上がったのは怒りにも似た暴力的な感情だった。
床を蹴り、ホールに踊り出、ステンドグラスの前にたたずむ影の、細い手首を右手で捕らえた。振り向いたアメジストの瞳が驚愕に見開かれる。
「誰」
低い声に、びくりとルルーシュの身体が震える。けれどスザクはそれすら意に介さなかった。男子生徒はすでに立ち去っていたけれど、それすらどうでもいい。握る手に力を込める。
「誰、ルルーシュ」
「・・・・・・何の話だ?」
「今言ってただろ。『愛してる人がいる』って」
「盗み聞きか? 趣味が悪いな」
「そんなことはどうでもいい!」
かっとなって怒鳴りつけるが、頭の中は妙に冷静な自分がいる。スザクはルルーシュに触れている指先を意識する。細い手首だ。今すぐにでも折ることが出来そうな、頼りない肢体。このままどこかに連れていって閉じ込めてしまいたい。その紫の瞳が何も見ないように。スザク以外の何者をも映し出さないように。
「・・・・・・俺に好きな人がいようがいまいが、おまえには関係ないだろう」
「へぇ、じゃあルルーシュは好きでもない男と手を繋いで帰ったりするんだ?」
硬質な美貌が傷ついたようにさっと陰る。けれど止めることが出来ない。残虐な己が顔を出す。泣かせてしまいたいと思った。自分のことを見ない彼女の目など、泣いて泣いて溶けてしまえばいい。
「とんだ売女だね。保健室ではすがるように僕の手を握ったくせに」
「・・・・・・だったら、おまえだってそうだろう。俺はおまえの『ルルーシュ』じゃない。俺に優しくするだけ、おまえは『ルルーシュ』を裏切っている」
「裏切ってなんかいないよ。僕はルルーシュをかけらも裏切ってなんかいない」
空いていた左手を持ち上げ、目の前の薄い肩をステンドグラスへと押し付ける。逃げ出さないように身体を押し付け、赤い唇を親指の腹でなぞった。小さく震えた反応に、スザクはうっすらと笑みを浮かべる。
「教えてあげようか? 僕が君を、どんなに想っているのか」
「・・・・・・っ」
「大丈夫だよ、怖くないから。優しく、優しくしてあげる」
顎を掴んで無理やり上を向かせれば、きつく睨み上げてくる瞳とぶつかる。この強さがスザクは好きだった。ルルーシュはいつだって前を向いていた。だけど時折振り返り、スザクのことを見てくれた。本当はいつだって見ていてくれたのだと、知ったのは随分後になってからのことだったけれど。
大好きだった。愛していた。それは今も進行形で、再会して更に想いは募った。愛している。ルルーシュのためなら何でも出来る。世界だって壊せる。何千人だって、何万人だって殺せる。記憶がなくても、ルルーシュが笑ってくれるなら。自分に、笑いかけてくれるなら。
・・・・・・それだけで良かった、はずなのに。
「スザ、」
言葉半ばで無理やりに奪った唇は、スザクに甘さを伝えなかった。心が溢れ、涙が伝った。
ただ僕は。僕は、僕は。
2007年3月16日