さぁ、立ち上がれ。すべての決着をつけるために。
己が戦士であるのなら、前を向いて戦場を駆けろ。
and I love you
8.黒の騎士、緋色の乙女
出陣の前、スザクは必ずパイロットスーツの首元からネックレスのチェーンを引き上げ、通されている指輪にキスを落とす。内側で輝くアメジストに勝利を誓い、翡翠に復讐を祈願する。そして今日も目の前の人間を屠るために、ランスロットのレバーを引くのだ。
黒の騎士団の重要なアジトの一つとおぼしき、ナリタ山。密やかに周囲を包囲しつつ、コーネリア軍から少し離れた位置に特派のトレーラーは待機していた。まだ出陣許可は下りていない。電波越しに送られてくる戦況はコーネリア軍の優勢で、今日は出番がないかもしれないねぇ、とロイドが至極残念そうに諸手を振る。スザクもつまらなさそうに目を閉じていると、モニターを見つめていたセシルが声を上げた。
「頂上付近に新たな部隊です」
「黒の騎士団の新手じゃないのぉ? それにしても数が多いねぇ。重要なアジトって噂は本当みたいだ」
「熱源、機体走行からいって無頼、と・・・・・・」
「無頼と?」
「・・・・・・見たことのないナイトメアフレームです。この反応はどちらかといえば・・・・・・ランスロットに、近く」
「うっそぉ!? 映して! 早く!」
ロイドの叫びに、セシルがチャンネルを回す。パイロットシートのスザクの位置からは画面に赤い何かが映っているのしか見えなかったけれども、ロイドが目を見開いたので理解した。黄金のキーを握り直し、差し込む。
「ランスロット、出ます!」
「スザク君!? まだ総督からの命令は・・・っ」
「いいよいいよ、いっちゃってぇ! 事後承諾でよしとしてもらおうよ! 枢木准尉、この赤いナイトメアのデータよろしくぅ!」
「ぶちのめしてやりますよ!」
もはや起動し始めたランスロットを止めることなど出来ない。セシルが急いで出陣システムを整えると、一気に白い機体は駆け出していった。山の中、あちこちで轟音がする。大地が震える。声が全軍のスピーカーを通じて聞こえてくる。
『こうして直接刃を交えるのは初めてですね、コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下』
『貴様、ゼロか!』
『いかにも。お会い出来て光栄ですよ』
声はまだ若い男のものだ。もしかしたらスザクと同じくらいかもしれない。フルフェイスの仮面と電波を介しているため質はよく分からないけれども、余裕と居丈高な雰囲気を感じる。こいつを殺せばいい。スザクはレバーを握る手を強めた。
『あなた方の白いナイトメアフレームには散々てこずらされました。しかし、我々とて対策を講じなかったわけがない』
『スザク君、気をつけてっ! 来るわよ!』
セシルの声と同時に、肉眼でも赤い機体が確認出来た。無頼ではない。それは形からして、ランスロットに酷似していた。跳躍した鮮やかな緋色から、異形の右腕が二段伸縮を経て伸びてくる。ゼロが高らかに笑った。
『これが我らが反撃の狼煙。―――ゆけ、紅蓮弐式よ!』
結果からすれば、ブリタニア軍は撤退を余儀なくされた。緋色の機体、紅蓮弐式に次いで現れた改良された武頼。藤堂と四聖剣と思われるそれらにコーネリアとギルフォード、ダールトンは対決を強いられ、指揮系統を失ったブリタニア軍をゼロ率いる黒の騎士団が潰していった。コーネリアが撤退を決断しなかったら、逆に壊滅させられていたかもしれない。それほどの脅威だった。紅蓮弐式と、何よりゼロの直接的な戦術指揮は。
ランスロットから降りたスザクは、自らの手足である白い機体を見上げる。騎士に例えられるスマートなフォルムも、今は左腕がぼこぼこに膨らんでいた。紅蓮弐式に掴まれただけでそうなってしまった個所を丹念に調べ、セシルが青ざめた顔で告げる。
「・・・・・・間違いありません。輻射波動です」
聞いたことのない単語だったけれども、次の言葉には目を瞬いてしまった。
「まさかラクシャータが敵に力を貸してるとはねぇ」
「―――え?」
思わず声を漏らすと、ロイドがくるりと振り返る。セシルは動揺しているというのに、彼はどこかご機嫌だ。新たな発見を目の前にした子供ようですらある。
「何だい? 枢木准尉」
「あの、今、ラクシャータって」
「うん。知り合い?」
「いえ、その」
スザクの脳裏に七年前、アリエスの離宮で一度だけ会った人物が甦る。褐色の肌に金色の髪。気風の良い言葉遣いで、ルルーシュの頭を姉のように撫でていた。彼女の名前は、確かラクシャータではなかっただろうか。
「ラクシャータはねぇ、七年前まで特派で僕たちの同僚だった科学者だよ。輻射波動っていう高周波を用いた技術を開発してたんだけど、その資料を全部持ってトンズラしちゃって」
まさか敵に回ってるとは思ってもみなかったよぉ。ロイドはそう言って、たいして困った様子もなく頭を掻く。しかしスザクには告げられた内容の方が驚きだった。七年前、彼女とルルーシュはどんな話をしていただろうか。確かルルーシュが謝って、ラクシャータは「研究が出来ればどこでもいい」と言って、そして自分にはルルーシュを守るように忠告した。
瞬間的にスザクは、これを言ってはいけないことだと思った。ルルーシュとラクシャータの繋がりは伏せなくてはいけない。ラクシャータは軍を抜け、その後どこで研究をしていた? 彼女は自分を「枢木の坊ちゃん」と呼ばなかったか? それに意味があるとするならば、ルルーシュは予測していたのだろうか。いつか日本とブリタニアの戦端が切って落とされるだろうことを。予測して日本が負けないために、ラクシャータごと技術を流していたのだろうか。だとしたらそれは、ブリタニアへの明確な反逆だ。
「枢木准尉ー?」
「・・・・・・あ、はい」
「君、ラクシャータを知ってるの?」
「いいえ、僕は知りません」
スザクは素知らぬ振りを通したけれども、ロイドは少しだけアイスブルーの瞳を細めた。片腕を失った白い騎士が、初めての黒星に泣いているように見えた。
どうして? どうして。ルルーシュ、ラクシャータ、そして、ゼロ?
2007年3月15日