俺の愛しい家族たち。
おまえたちの願いは、祈りは、必ず俺が果たすから。
だからどうか、安らかにお眠り。
and I love you
7.届かない祈り
総督がコーネリアに代わってからというものの、ブリタニア軍のテロリスト制圧は順調に進んでいた。黒の騎士団のアジトと思われる場所を、一つ一つ強襲しては潰していく。ゼロはまだ姿を現してはいなかったけれども、確実に戦力は減っている。見事すり抜けていく遁走は流石だったけれども、これでは黒の騎士団の殲滅も近いだろう。そう判断し、スザクは鼻歌を歌いながら学校に向かった。けれど開いた教室に目当ての黒髪はなく、声をかけてきたシャーリーとリヴァルを振り返る。
「おはよう、スザク君」
「おはよう。ルルーシュは?」
「おまえ、本当にルルーシュに会うために学校来てるよなぁ」
「当然だよ。それで、ルルーシュは?」
「ユーフェミア副総督の騎士がそれでいいのかよ。お姫様、怒るんじゃないの?」
「いいんだよ、怒るような気概なんて持ってないから。そんなことより、ルルーシュは?」
「貧血で保健室。三時間目の体育のときに倒れちゃって」
シャーリーがそこまで告げると、スザクはすぐに背を向けて来たばかりの教室から出て行く。向かう先は簡単に予想がついてしまって、二人は肩を竦めた。枢木スザクという人間は、彼らからしてみればとても単純に見えるのだ。それは時に酷い危うさを感じさせたけれども。
チャイムが鳴るのにも構わず走りついた保健室は、保険医不在の札が出ていた。けれど鍵はかかっておらず、音を立てないようにドアを開ければ、一つだけカーテンの引かれているベッドが目に入る。後ろ手に扉を閉め、スザクは鍵をかけた。ルルーシュの眠りを妨げる者を許さない。それだけの理由で。
足音を立てないようにしてベッドに近づく。細く開けられている窓から入り込んでくる風がカーテンを揺らし、膨らんでいる布団を垣間見せる。愛しい黒髪が見え、スザクは自然と唇を緩めた。カーテンを握りこみ、その内側へと身を滑らせる。掛け布から覗いている肩は体操着のままで、呼吸が穏やかなことにスザクはほっとした。顔色は良くないけれども、酷いということはないらしい。丸椅子を枕元に持ち込み、腰を下ろす。
今のこの状況が七年前と酷似していて、スザクは自嘲めいた笑みを浮かべる。アリエスの離宮で、ルルーシュへの想いを自覚した深夜。何度も想いを口にした、あの静謐を覚えている。あの夜、すでにルルーシュはスザクがユーフェミアの騎士に望まれていることを知っていたのだろう。その上で告白を聞いていたのなら、それが好きな男からのものなら、何て絶望だっただろう。あの頃の自分たちはあまりにも無力だった。だけど今は。
僅かに覗いている指先に、己のそれを触れさせる。何度も撃鉄を引いてきたスザクの指は、太く硬い。対してルルーシュのそれは細く、どこかさらりとしていた。触れることで覚えるのは、もはや緊張だけではない。震える睫毛に、緩やかに開かれていく瞼に、今はもう。
「・・・・・・スザ、ク・・・?」
呼ばれ方さえ同じで、まるで時が巻き戻ったかのように感じる。だけど心中の欲望がそうではないことを教え、スザクは微笑んだ。ルルーシュだけに向ける、心からの笑顔で。せめて言葉だけは七年前と同じものを。
「ルルーシュ、大丈夫?」
「・・・・・・?」
「体育の時間に貧血で倒れたんだって?」
「・・・・・・あぁ」
どうりで、と掠れた声が呟く。それすら同じで指を絡めたかったけれど、今そうをしたら放せなくなるような気がした。手だけ、手だけと唱えながら重ねて繋げば、ルルーシュの瞳がふるりと揺れる。
「・・・・・・嬉しそうだな、おまえ」
不思議そうに尋ねられ、スザクは苦笑する。
「ルルーシュに会えたからかな」
「・・・・・・おまえは、いつもそうだ」
アメジストの瞳が僅かに伏せられる。顔を半分枕に埋めて、言うのを躊躇うようにしながらも、ルルーシュは小さな声で紡ぐ。
「おまえが俺に構うのは、俺が『ルルーシュ』だからだろう?」
耳を澄まさなければ聞こえないほどの問いかけに、スザクは目を瞠った。けれどすぐに破顔する。怒りよりも悲しみよりも、純粋な喜びが心に浮かぶ。
「そうだね。だけど、それだけじゃないよ」
愛しい。本当に、愛情だけが溢れ出てくる。
「今はまだ話せないけれど、いつか必ず話すから。だから君はそんなこと気にしないで、僕に構われていて」
微笑みかければ、ルルーシュは怪訝そうに眉を顰める。けれど想いを告げるのは、イレブンとブリタニアを崩壊させ、彼女の笑顔を取り戻してからだ。そうしたら告げよう。自分が彼女の婚約者であったことを。今も愛している、その想いを。
「君には幸せでいてほしいんだ。どうか、笑っていて」
それだけが望みだ。そのためなら何だってする。ランスロットを駆り、一人でも多くの人間を殺そう。ゼロ。黒の騎士団もすぐに壊滅に追い込んでみせる。
枢木スザクはルルーシュたった一人のために。そのためなら何だってすると、すでに誓っているのだから。
「・・・・・・俺には、記憶がない」
「うん」
「自分が何をしていたのか分からない。どういう人間だったのかも。もしかしたら人殺しだって、それ以上のことだってしていたかもしれない」
「そうだね。でも、それでもルルーシュはルルーシュだよ」
「スザク」
「いいんだよ、ルルーシュ。君は何もしなくていい。ただ笑っていてくれれば、それでいいんだ」
握っている手を持ち上げ、指先にそっと唇を寄せる。本来ならばユーフェミアにしか許されない甲へのキスも、難なくスザクは実行した。自分の感情はすべてルルーシュに向けられるのだからと、当然のように。黒髪をすいて撫でつけ、もう一度繰り返す。
「ルルーシュ、君は何もしなくていいんだよ。ただ、僕の傍にいてくれればいい」
ね? と微笑みかければ、ルルーシュは完全に枕に顔を埋めてしまった。けれど手は未だ解かれず、スザクは蕩けるように笑う。呟かれた言葉は枕に遮られ、彼の元まで届くことはなかった。
愛しい俺の家族たち。俺はおまえたちを忘れない。
2007年3月15日