モニターで計算されていく数値を、スザクは足踏みしたい気持ちで見つめていた。実際に手は握りしめられており、足は今にも走り出したくてうずうずしている。プリントアウトされて出てきた紙をわざと緩慢に手に取るロイドに、思わず舌打ちをしてしまったほどだ。
「ざぁんねぇん! 枢木准尉、今日の起動テストもバッチリ合格。帰っていいよぉ?」
「それじゃ失礼します!」
「気をつけてね、スザク君」
白いパイロットスーツを着替えるために、ロッカーに駆け込んでいく後ろ姿にセシルは声をかける。けれど返答はなく、一分後にはさらにドアの開閉の音がして、スザクがラボを後にしたことが伝わった。そのあまりの早さに、思わず笑みがこぼれてしまう。
「スザク君、よっぽど学校が楽しいんですね」
「まったくねぇ。今から行ったって授業には間に合わないのにさぁ」
「いいじゃないですか。友達に会えるのが嬉しいんですよ、きっと」
「まぁテスト結果にもいい影響を及ぼしてるからいいけど。この分なら今度のサイタマゲットー、彼一人で制圧出来ちゃうかもよ?」
ひらひらと紙を揺らしてロイドが笑う。彼らの眼前には、まもなく降臨する白い騎士が立っていた。
and I love you
5.幸福と手を繋ぐ
学園の門をくぐると、広大な敷地の中は部活動にいそしむ生徒や寮に帰る生徒たちで賑わっている。校舎への道を駆けているスザクに気づき、知り合いの生徒たちが声をかけてくる。
「スザク、おはようー!」
「おはよう!」
「ルルーシュなら生徒会だよ」
「ありがとう!」
放課後である今はすでに「おはよう」という時間ではないけれど、登校してきたばかりのスザクには相応しい挨拶なのだろう。二言目にはルルーシュの居場所を教えてくれるくらい、スザクの行動は知られていた。第四皇女の騎士であるスザクがどんなに多忙でも学校に来ている理由は、ルルーシュ・ランペルージにあるのだと。誰もが知っていて微笑み、時には嫉妬しながら見守っていた。直接的に示されるスザクの好意は、見ていてとても爽やかだった。
校舎を通り過ぎ、独立しているクラブハウスをめがけて走る。スザクの足は決して遅くなく、むしろ速い方だったが、今はその少しの時間すら惜しかった。表のドアを開け、一階の廊下を突っ切る。唯一目指した部屋のドアを、スザクは勢いのまま三回ノックして返答を待った。笑い声と共に焦がれて止まない声が出迎えてくれる。扉を開け、スザクはただ一人に向けて微笑んだ。
「ただいま、ルルーシュ」
「・・・・・・お帰り、スザク」
この挨拶は変だろうとルルーシュは何度か指摘していたけれども、スザクはかたくなに譲らなかった。彼にとって帰る場所は、ルルーシュの隣だけなのだから。
明らかに教室とは異なる笑顔を浮かべるスザクに、すでに慣れてしまったリヴァルやシャーリーはやれやれと肩を竦める。ニーナとカレンは二人の様子を黙って見つめ、ミレイはペンを置いた手でびしっとスザクを指差した。
「それではスザク君! 君に我らがアッシュフォード学園生徒会の至宝、ルルーシュ・ランペルージ嬢の送迎を命じる!」
「イエス、マイロード!」
「傷一つつけることなく、姫君のご機嫌を損ねることなく、ご自宅まで送り届けるように!」
「この命に代えましても!」
スザクが見事な敬礼をしている間に、ルルーシュはてきぱきと書類を片し、ペンケースを鞄に収める。このやり取りもすでに何回も行われているので慣れたものだ。アッシュフォード学園の生徒は基本的に寮生活を義務付けられているが、ルルーシュは身体が弱いということもあり、自宅から通学している。同じ理由でカレンも寮には入っておらず、第四皇女の騎士であるスザクも同じだった。アッシュフォードの名ではないけれども、確かに彼らの分家である屋敷にルルーシュは住んでいる。そこへ彼女を送っていくのは、もはやスザクの役目と化していた。
「それじゃあ、お先に」
挨拶するルルーシュの手から鞄を自然に奪い、スザクも「失礼します」と頭を下げる。彼が転入してきてから半月、もはや二人が共にいるのは学園で馴染みの光景になってきていた。それは交際していないのがいっそ不思議なくらいに。
アッシュフォード学園はブリタニアでも裕福な家庭の子供が通う学校として有名であり、エリア11においても租界のほぼ中央という治安の良いところにある。交通量の多い道をルルーシュに内側を歩かせつつ、スザクはじんわりと喜びをかみしめていた。半月経つけれども、まだ感動は色あせない。隣にいられる喜びを何度となく感じている。記憶はなくてもルルーシュがスザクにとって最も愛しい少女であることに変わりはなく、記憶を失っているからこそ常に傍にいたかった。
「それにしても、おまえ、いいのか? ユーフェミア殿下の騎士が、こんなに学校なんかに来てて」
問うてくる言葉遣いの悪さは変わらない。むしろ一層酷くなった気がするけれども、聞けるだけでスザクは嬉しい。
「大丈夫だよ。僕に学校に通うよう命じたのは第四皇女だし」
「お優しい方なんだな」
「そうだね、博愛精神をお持ちの方だよ」
それがとても嫌いなのだけれど。そんな言葉を声にすることはなく、スザクは話題を転換してユーフェミアの件を終わらせる。ここ半月、彼女に会ったのは数える程度だ。いよいよ戦場に投入されることとなったランスロットの最終調整で忙しく、空いた時間はすべて学校に来ているのだから、自然と騎士として務める暇はなくなる。それでもユーフェミアが何も言ってこないのは、自分がスザクを学校に通わせたという気持ちがあるからだろう。それを逆手に取り、スザクは学校生活を、ルルーシュとの時間を出来る限り持つようにしていた。
「それに、やっぱり忙しいよ。明日も皇女の護衛で学校には来られないだろうし」
本当は黒の騎士団のアジトの一つと思われるサイタマゲットーを強襲するためなのだが、スザクは自身が軍人であることをルルーシュには告げていない。彼女を出来る限り戦場に近づけさせたくないという配慮からだ。
「そうなのか。でも俺も、明日は定期検診だから学校は休む予定だ」
「そうなの? 良かった、それを聞けて。でなきゃ僕、明日も学校に来てたよ」
「仕事で来れないんだろう?」
「うん。だからその後、ルルーシュに会いに」
素直に告げれば、ルルーシュは不可解そうに眉を顰めた。彼女とてスザクから寄せられている好意に気づいていないということはないだろう。何たって、スザクが隙さえあれば学校に顔を出しているのはルルーシュに会うためだと、もはや学園中の生徒が知っているのだから。
だけどスザクは決定的な言葉を紡がない。想いを伝えるのは、ルルーシュが笑って暮らせる世界を作った後でと決めている。そのために彼は明日、黒の騎士団を、イレブンを掃討するために戦場に立つ。
伸ばした指先を、揺れる手のひらに触れさせる。戸惑った瞳に微笑みかけ、スザクは指を絡めるようにして手を繋いだ。七年前の懐かしさと、七年の時を経たために覚えてしまう情念を隠し、手を引くようにして歩き出す。
ルルーシュのいる幸福に抱かれ、スザクは今なら何でも出来ると思った。
翌日、彼はランスロットを駆り、サイタマゲットーを壊滅させた。黒の騎士団のリーダーであるゼロは現れなかったけれども、第七世代ナイトメアフレームは、確かにその脅威をイレブンに見せつけた。
僕は君と繋いだ手で人を殺し、僕は血に塗れた手で君に触れる。
2007年3月9日