シンプルな、装飾のない銀の指輪。まるで結婚を誓ったかのようなそれは、内にアメジストと翡翠の輝きを秘めている。見つかって奪われないように、スザクはそれをチェーンに通し、首から常に下げていた。何かある度にそれを握り、堪えてきた。いつか彼女に同じような指輪を、今度は本物のシルバーの指輪を、自分で稼いだ金で買って贈りたい。そう思って、スザクはユーフェミアの騎士をやっていた。
その贈りたい相手が人質となって日本政府に殺されたのだと知ったのは、ユーフェミアが葬儀に参列すべく喪服を着た日の朝だった。生温い箱庭の中、スザクはブリタニアと日本が交戦していたことすら知らなかったのだ。





and I love you
4.二度目の誓約





窓から差し込む日差しは明るい。静かな学園の中、彼女は授業を受けているのだろうか。きっとすでに知っているだろう知識を、今また受け直しているのだろうか。
「・・・・・・ルルーシュ様が日本におけるブリタニア大使館の館主に命じられたことにより、我がアッシュフォード家の一部もルルーシュ様の供として日本に移り住みました」
光の中、振り向いた彼女を覚えている。忘れない。忘れるわけがない。
「ルルーシュ様は日本とブリタニアの戦争を避けるべく必死に活動されておりました。ですがその努力を無視するかのように本国は戦端を切って落とし、ルルーシュ様は日本政府の人質となりました」
葬儀の後、知った。ユーフェミアは義姉が死んだのは戦争でということしか知らなかったから、コーネリアにすがりついて問うた。彼女は不快げに顔を歪めたけれども、結局は教えてくれた。
「本国はルルーシュ様の命が盾にされていると知りながらも戦闘を止めず、結果として日本は敗北し、ルルーシュ様は日本政府によって殺害されました」
残されたのは、彼女の長い黒髪のみ。それはDNA鑑定によりルルーシュ本人のものと断定され、こびりついていた血痕から彼女は死んだとされた。ブリタニアでは葬儀も行われ、マリアンヌ皇妃を慕っていた民衆は涙を流して喪に服した。
「ですがそれは公式発表であり、我々アッシュフォード家は内々に、ルルーシュ様をお助けすることに成功しました。ルルーシュ様が姿を消したからこそ、日本政府は御髪だけを遺品として提示したのです」
棺に収められたそれを、信じられないもののように眺めた。クロヴィスが触れ、シュナイゼルが撫で、ブリタニア皇帝はケースにさえ手を伸ばしはしなかった。宮殿の奥深くの墓地に埋められたそれを、深夜に掘り起こそうとした。石碑に刻まれた名を消したくて削った。
「しかし、その時すでに、ルルーシュ様は記憶を無くされていました。覚えていたのは日常生活に関することと学んできた知識のみで、ご自分が皇女であることや、日本政府の人質となっていたこと、それまでの過去をすべてお忘れになっておられました。医師の診断では、過度の精神的重圧に、心が砕けてしまったのだと」
それからすぐに名誉ブリタニア人になった。ユーフェミアが止めるのにも構わず、シュナイゼルの手を借りて軍に入り、最下官から始めた。彼女を殺したイレブンを、いつかすべて葬ってやる。そう思って銃を握った。
「我々アッシュフォード家は、ルルーシュ様をブリタニア皇室に戻したくなかったのです。ルルーシュ様はお優しい方ですから、己の過去を知り、己の守れなかったもの、己の出来なかったことを知られたら、きっと壊れてしまうと思ったのです。故に我々は、このエリア11でルルーシュ様を匿うことにしました。皇室への裏切りであることは承知しております。ですが、我々が願うのは皇室ではなく、ルルーシュ様の幸せ。そのためならば、いくらでも罪を重ねましょう」
歩んできた戦場を思い出す。初めて人を殺した日、初めてナイトメアフレームに搭乗した日。ランスロットという唯一無二の機体を得て、夢は明確な現実に変わった。イレブンを皆殺しにするという誓いはまだ変わらない。
「いくらでも謝罪致します。どんな謗りでもお受け致します。ですが、わたくしたちはルルーシュ様を再び戦火の中に立たせたくないのです。だからどうか」
イレブンを皆殺しにする。そして、その次にはブリタニアを。ルルーシュを見捨てたブリタニアを。
「どうか、ルルーシュ様に過去を思い出させようとなさらないで下さい」
ブリタニアを壊滅させてやる。そのためだけにスザクは生きてきた。痛みはすでにない。彼女の死と共に麻痺してしまった。枢木スザクは死んだのだ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと共に。

だけど、彼女は生きていた。

「・・・・・・いきて、いた」
スザクの唇から呟きがこぼれると同時に、瞳からは涙が溢れ出した。止まることなく頬を濡らし、テーブルに次々と落ちていく。
「生きて、いた。ルルーシュが、ルルーシュが」
先ほど抱きしめた彼女は本物だった。自分は間違えてなどいなかった。心は正しかった。彼女をちゃんと見つけ出すことが出来た。想いはまだ、色あせていない。
「生きていた」
「・・・・・・だけど、あなたのことを覚えてないわ」
「構いません。そんなの。生きていてくれたならそれで。全然構わない」
アリエスの離宮での彼女を思い出す。先ほど教室で会った彼女を思い出す。伸びた身長、発育した肢体。だけど変わらず細身で、意思の強い瞳は色を変えることもなく。スザクのルルーシュはそこにいた。確かに彼女は生きていた。
「僕だって、彼女を戦場に戻す気はありません。今度こそルルーシュは、僕が守る」
そのために耐えた屈辱、そのために浴びた血潮、そのために得た力。今使わずに何時使う? かつて彼女が小さな身体で懸命に自分を守ってくれたように。今度はスザクが、ルルーシュを守る番だ。

「ルルーシュの笑って暮らせる世界を、必ず僕が作ってみせる」

そのためにはイレブンと、ブリタニアの抹殺を。心の中で再度誓い、スザクは目を真っ赤に腫らせて笑みを浮かべた。嬉しくて仕方がない。ルルーシュが生きていてくれた。これ以上の喜びなど、スザクにはあり得ない。
ミレイが悲哀を押し隠して微笑んだ。制服の袖口で顔を拭い、教室に戻ると言ったスザクを見送る。きっとルルーシュに会いたいのだろう。スザクはルルーシュを愛しているからこそ、彼女の過去を思い出させはしないに違いない。かつて守られた経験が、彼にそれを約束させる。
「・・・・・・こんなところでいいかしら?」
ミレイが肩を竦めると、静かに準備室の扉を開けて女生徒が現れた。赤い髪を持つ彼女は、教室での病弱な顔とはうって変わった険しい表情で、首を縦に振る。
「―――すべては、ゼロの御心のままに」



水道で顔を洗い、スザクは深呼吸を何度もしてから教室の扉を開いた。刺さるようにして向けられた視線は、先ほどの行いを考えれば仕方のないことだろう。リヴァルの情報によれば、ルルーシュは生徒会の副会長で、人望も厚く、美人だと人気らしいから。だからこそスザクは彼女の前まで行き、ゆっくりと笑みを浮かべた。愛しさに、泣きそうになる。
「さっきはごめん。君があまりに、僕の知り合いに似ていたものだから」
告げれば、あからさまに教室の空気が緩んだ。目の前の彼女の視線はまだ鋭いままだったけれど、それに晒されることには慣れている。懐かしいアリエスの離宮。
「僕は枢木スザク。よろしく、ランペルージさん」
「・・・・・・ルルーシュ・ランペルージだ。よろしく、スザク」
差し出した手を握り返して、彼女が、ルルーシュが笑った。この笑顔のために世界を壊そうと、スザクは幸福の中で誓った。





愛しているよ、僕のルルーシュ。
2007年3月6日