あれは、ただ一度の恋なのだと、スザクは思っていた。己の人生における、たった一度きりの恋。それだけの想いだったし、それだけの相手だった。喪ってもなお、大好きだと言葉に出来る。再会してもなお、言葉に出来るつもりだった。
and I love you
3.失われた恋
緩く掴んだ肩は細く、けれど見上げてくる瞳は限りなく鋭い。短い髪が少年めいた印象を与え、彼女の強さを際立たせている。だけど、スザクには分かる。彼女はルルーシュだ。それなのに、彼女はスザクを知らないと言った。
「ルルーシュ・・・・・・?」
震える声に、少女は眉を顰める。紡がれる声すら、彼女と同じものだというのに。
「確かに俺はルルーシュだ。ルルーシュ・ランペルージ」
「ランペルージ・・・・・・?」
「そう。おまえの探してる『ルルーシュ』がどんな人物かは知らないが、俺はおまえを知らない。人違いじゃないか?」
「嘘だっ!」
反射的に握りしめた腕が痛かったのか、少女が顔を歪める。けれどスザクはそれに気づけない。
「僕だよ、ルルーシュ! スザクだ!」
「だから、俺はスザクなんて奴は知らないと」
「嘘だよっ! 君はルルーシュだ! 僕のルルーシュだっ!」
「離せ! 俺はおまえなんて知らないっ!」
「僕だよ! スザクだよ、ルルーシュ!」
「だから俺は・・・・・・っ!」
両腕を掴んで揺さぶられる。少女がスザクの力に適うはずなく、拘束されている手を解こうとするけれどもそれも出来ない。止めようと伸ばされたシャーリーの手を、スザクは叩き落とした。スザクには確信があった。彼女はルルーシュだ。スザクの愛するルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。だって心が、そう言っている。愛してると叫んでいる。
「ルルーシュ・・・・・・っ!」
「離せ! ・・・痛っ!」
小さな悲鳴が漏れるけれども、スザクは彼女を離すことが出来ない。泣きそうな歪んだ顔よりも、自分の名を呼んでもらいたくて。指先に一層力を込めようとするけれども、それはパンパンと二度叩かれた拍手に遮られた。はっと我に返ると同時に、高らかな声が重なる。
「はぁい、そこまで。うちのルルちゃんに無体なことをしないでもらえるかしら?」
「会長っ!」
シャーリーとリヴァルのほっとした声よりも、スザクにはルルーシュの顔に安堵が浮かんだことの方が気になった。今になって、自分がどんなに強く彼女の腕を握りしめていたのか気づく。間違いなく痕になってしまっただろう。だけど手を離せない。緩慢に顔を上げると、金色の髪の少女が目に入る。洗練された淑女の物腰が、過去と重なる。
「・・・・・・ミレイ、さん・・・?」
まさかと思って名を呼べば、彼女は浮かべる笑みを深めた。アッシュフォードという学園の名から、彼らアッシュフォード家を想像しなかったわけがない。だけどまさか、ミレイが生徒として在籍しているとは思わなかった。
「枢木スザク君、ちょっとお姉さんに付き合わない?」
「え・・・・・・」
「久しぶりの挨拶もしたいし。生徒会室で一服どう?」
「・・・・・・でも」
ちらりと、スザクはまだ拘束したままのルルーシュを見やる。彼女は完全にスザクから顔を背け、ミレイの方を見つめていた。安心させるようなウィンクがよこされて、強張っている顔に少しだけ柔らかさが戻る。やるせなくて、だけどこれ以上彼女を捕らえていても意味がないと思い、スザクはそっと手を離した。シャーリーがすぐにルルーシュを引き寄せる。クラスメイトたちは、ミレイとスザクを呑まれるように注視していた。
「さぁ、行きましょ」
踵を返したミレイに従い、教室を出る。一瞬振り返って見たルルーシュは、やはりスザクのことを知らない人を見るような目で眺めていた。
アッシュフォード学園は、第三皇女ルルーシュの死と共に没落したとはいえ、由緒正しいアッシュフォード家が設立したに相応しい施設と品格を備えている。生徒会室と言って案内されたのも敷地内にあるクラブハウスで、小さなサロンも併設しているそれは、趣味の良さも手伝ってアリエスの離宮を思い起こさせた。
教室から長い距離を歩いてきたことで、スザクにもどうにか冷静な思考が戻ってきている。だけど、あの少女は確かにルルーシュだった。生徒会室の鍵を内側から閉じ、ミレイはすっと身を屈める。
「お久し振りで御座います、スザク様」
「・・・・・・止めて下さい。ここは学校で、あなたは先輩で、僕は後輩です」
それに、と付け加えてスザクは顔を歪め、ミレイのように挨拶ではなく、謝罪のために深く頭を下げる。
「お会いすることが出来たら、僕こそ謝らなくちゃいけないと思っていました。―――あなた方の期待に応えることが出来ず、申し訳ありませんでした」
第三皇女のルルーシュを後援していたアッシュフォード家。彼らはルルーシュの婚約者である自分にも、とても良くしてくれていた。それなのに、自分はその好意を裏切ったのだ。
「僕が・・・・・・第四皇女の帽子なんか、拾わなければ」
「いいえ、どうかお顔を上げて下さい。スザク様のその優しさに、きっとルルーシュ様は惹かれたのでしょうから」
柔らかく微笑み、ミレイはスザクに座るよう椅子を勧める。自身は紅茶を入れるために席を外そうとするが、スザクがそれを引き留めた。紅茶なんかよりも知りたいことがあったのだ。
「あの・・・・・・彼女は、ルルーシュ・ランペルージは、ルルーシュですよね?」
「ルルーシュって?」
「僕の婚約者の、ブリタニア第三皇女のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです! 彼女ですよね!?」
「どうしてそう思うの?」
砕けた物言いに変わったけれども、ミレイは静かにスザクの返答を待つ。明確な理由はないのだけれど、スザクは懸命に説明する。
「・・・・・・僕が、間違うはずありません。僕はルルーシュなら、例え一万人の中に紛れていようとも見つけ出してみせます」
「・・・・・・まだ、好きなのね。ルルーシュ様のこと」
「はい。ずっと一生」
スザクははっきりと言い切ったけれども、その言葉を受けてミレイの顔に浮かんだ悲哀を、彼は見つけることが出来なかった。息を一つゆっくりと吐き出し、ミレイは姿勢を正して居住まいを直す。
「スザク君、いえ、スザク様」
再び戻った敬語にスザクは眉を顰めるが、ミレイの表情から自身も顔つきを改める。
「これからお話することは、決して誰にも他言しないとお約束頂けますか? 例えあなたの主、ユーフェミア第四皇女に話すよう命じられても、一言たりとも口外しないと誓って頂けますか?」
「・・・・・・それが、ルルーシュに関してのことなら、誓います。決して誰にも話しません」
「ならば、お話致します。ですが初めに覚えておいて下さいませ。この現状は我らがアッシュフォード家の独断であり、総意であり、ルルーシュ様のご意思ではございません。すべては、我らが勝手になしたこと」
毅然と顔を上げ、ミレイは言葉を突き付けた。スザクにとっては想像もしていなかった事実を。
「ルルーシュ・ランペルージは、確かにブリタニア帝国第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下です。しかし殿下はすべての記憶を無くされております。ご自身が皇女であられることも―――あなたが婚約者であったことも、何もかもすべて、七年前に」
言葉さえもう、届かない。
2007年3月5日