光溢れるサロンの中で、彼女が本を読んでいる。山のように積まれているのはどれも難解な専門書ばかりで、スザクには全然分からない。邪魔をしないようにそっと扉を閉めるけれども、気配に聡い彼女は前から気づいていたのだろう。まだ読み終わっていない本にしおりを挟み、分厚い装丁をぱたんと閉じる。声をかけても良いという合図。嬉しくなって名を呼ぼうと、スザクは唇を開いた。
しかし見開いた世界に広がるのは、土埃と硝煙、そして黒い血に汚れる戦場だけ。愛した彼女はもういない。悪夢はまだ終わらない。





and I love you
1.覚めない悪夢





「おーめーでーとーぉ! 枢木准尉、君の活躍にシュナイゼル殿下はご満悦だよ!」
サザーランドを降りるなり声をかけられ、スザクはにこりと笑みを返した。
「ありがとうございます、ロイドさん」
「これでエリア15での僕たちの仕事は終わり。次はどこだか、君知ってる?」
「エリア11、ですよね」
あっさりと答えたスザクに、ロイドはつまらなさそうに肩を竦める。けれど次の瞬間には楽しそうに目を細めて、ひらひらとその手を振った。
「そうそう、君のユーフェミア殿下がエリア11の副総督になっちゃったからねぇ。自然と騎士である君も移動、だから君を必要とする僕たち特派もそのまま移動」
やんなっちゃうよ、僕らはシュナイゼル殿下の部下なのにさぁ。そう言って軽く笑うロイドは、確かに第二皇子シュナイゼルの部下であり、彼の肝入りとも呼ばれている特別派遣嚮導技術部の中核をなす科学者だ。飄々とした態度や性格を疑わせる物言いをするけれども、スザクとしては会話していて楽な部類の人間である。同じく助手のセシル・クルーミーといい、特派はスザクにとっていることが楽な場所だった。本当ならば客員ではなく、専任として所属したいくらいに。
「でもねぇ、いいこともあったんだよぉ! 何だと思う、枢木准尉?」
「何ですか?」
「ついにお許しが出たんだよ! エリア11でランスロットを使って良いってぇ!」
「へぇ、それはおめでとうございます」
「本当だよぉ! これで僕のランスロットがどんなに凄いか証明できるよ! この世で唯一の第七世代ナイトメアフレーム! 今までの木偶人形なんかじゃない、本物の騎士!」
仮にも軍の施設であるラボでその言い様はどうかと思うが、ロイドの言葉をたしなめるような輩は、この特派には存在しない。彼らとて自分たちが製作に関わってきたランスロットがどのくらい素晴らしいナイトメアかを知っているし、言葉にはしないけれどもロイドと似たような自負を持っているからだ。
第二皇子シュナイゼルの命の下に作られた、特別なナイトメアフレーム・ランスロット。スザクはその唯一とも言えるパイロットだった。軍における位は准尉。まだまだ下級士官だけれども、名誉ブリタニア人だということを考慮すれば破格の待遇をされている。
「エリア11では、先日クロヴィス殿下がテロリストによって失脚に追い込まれましたからね」
そう言いながら、セシルがコーヒーの入ったカップを差し出してくれる。ミルクも砂糖も入れずに飲むスザクを知っているため、いつだってそれはブラックだ。気分次第でミルクを大量に投下したり、角砂糖を積んだりするロイドは、今日はクリームを絞り入れている。
「そうそう。だからコーネリア殿下が新たな総督になって、その妹君のユーフェミア殿下が副総督」
「黒の騎士団、でしたっけ?」
「皮肉なもんだよ、テロリストが騎士を名乗るなんて」
「だけどエリア11唯一最大のテロリストであり、最強です。特にリーダーの、ゼロ」
セシルが盆を握りしめる。
「彼の策略で、クロヴィス殿下の軍は壊滅しました」
「仮面の騎士様はエリア11じゃ英雄扱いだって? まぁ仕方ないよねぇ。占領されたイレブンにとっては、僕らブリタニアが悪役だ」
「日本を取り戻すという彼の主張は、イレブンの総意みたいですし」
「―――関係ありませんよ、そんなもの」
苦くしかないコーヒーを最後まで飲み切り、スザクはデスクへとカップを置いた。振り向いたセシルは不安そうに眉を寄せているが、ロイドはにやにやと笑みを浮かべている。苛立ちを覚えることさえ、今はない。
「反抗するイレブンは、すべて俺が殺します」
「スザク君・・・・・・」
「それは君の元婚約者が理由かい? 亡き第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
「愚問ですね、ロイドさん。俺が軍に志願した理由を、あなたが知らないわけないでしょう?」
にこやかにスザクは微笑み返した。こんな顔、彼女が見たらどう思うだろう。だけどもう遅い。ネジはすでに葬られた。彼女亡き今、スザクに慈愛など存在しない。
「俺はルルーシュを殺したイレブンを殺すために、軍人になったんです。やっとあいつらを殺せる。今は心の底からうきうきしてますよ」
「・・・・・・さすが、枢木准尉。シュナイゼル殿下が見込んだだけはあるねぇ」
「苗字で呼ぶの、止めてもらえますか? ルルーシュを殺した男と同じ名前なんて、俺には屈辱でしかありません」
「父親なのに?」
「父親だからですよ。あんな男、死んで当然だ」
日本が完全侵略されたと同時に、大使館館主であったルルーシュを殺し、自らも命を絶った最後の日本首相。思い出すだけで殺意が募り、スザクはそれを堪えるよう拳を握りしめた。怒りは戦場で晴らせばいい。日本人など、イレブンなどすべて滅んでしまえ。ルルーシュを殺した国など。
「・・・・・・ああ、そういえば」
慣れたように表情を内に収め、スザクは笑顔を浮かべる。これも七年の間に身につけた所作だ。
「せっかくのランスロットの出陣許可ですけれど、あまり機会は多くないと思います」
ロイドとセシルがきょとんと目を瞬く。心中でいまいましげに舌打ちし、スザクは告げた。

「第四皇女のお節介な命令で、学校に通うことになったんです。―――アッシュフォード学園に」





殺せば殺すほど、君に笑ってもらえる気がするんだ。
2007年3月2日