この世の全てに感謝を。





and I love you
13.そして、あなたを愛しています





空は完全に漆黒に染まり、空気さえも重く、月光だけがうっすらと人の姿を映し出す。だけどスザクにははっきりとルルーシュを見ることが出来た。まるで初めて会った光溢れるサロンのように、ルルーシュの姿だけを見ることが出来た。驚きに目を見張った顔も、それを一瞬で仕舞い込んだ所作も、全部全部見ることが出来た。久しぶりに、顔を合わせる。
「ユーフェミアの騎士が何故ここにいる。主の傍を離れるな」
久しぶりに聞く声。張りがあり、凛としている。どんなときでもよく通る、まるで鈴を鳴らしたかのような声。母と妹の墓石の前に立ち、手のひらは硬く握りしめられている。妙にクリアーになっていく己を、スザクは感じていた。これは夜のせいではない。
「今日、シュナイゼル殿下が政庁に連れていって下さったんだ」
強張った顔を見つめる。自嘲するように歪められた唇が、吐き捨てるように笑う。
「失望したか? こんな、笑って人を殺す作戦を立てるような女が元婚約者で。心配するな。俺は今後一切おまえとは関わらないさ」
「怖いとは思ったけど、失望はしてないよ。君に守られていただけの僕に、君を否定する権利なんてない」
だけどルルーシュ、一つだけ教えて。そう続ければ、藤色の瞳が不可解に細められる。先日知った、アメジストという名の宝石のようだとスザクは思う。だけどユーフェミアの髪飾りなんかより、ルルーシュの瞳の方が、何倍も、何百倍も、何千倍も美しい。
「ルルーシュはどうして、僕を守ってくれたの?」
傷つかないよう離宮に閉じ込めて。中傷を受けても政治家になって。敵に頭を下げて日本を守って。冷たい言葉の裏に優しさを隠して。どうしてそんなにも、自分のことを。
「ルルーシュはどうして、僕を好きになってくれたの?」
スザクには理由が思いつかなかった。自分は彼女に何をすることも出来なかった。ただ足を引っ張るばかりで、守られているばかりで、何もしてあげられなかったというのに、それなのに何故。
すべての疑問の行き着く先はそこだった。どうして好きになってもらえたのか、スザクには全く分からない。傷ついても尚守ってもらえるだけのことをしたとは到底思えなかった。
ルルーシュは唇を開きかけて、けれどすぐに閉じた。おそらく嘘を語るか話を逸らすかしようとして、スザクのまっすぐな視線に気圧されたのだろう。眉が泣きそうに下がる。だけど彼女の泣いた顔をスザクは見たことがなかった。
「・・・・・・初めて会ったとき、おまえは言ってくれた」
与えられた答えは、スザクのまったく予期していないものだった。

「俺の黒い髪が、綺麗だと」

泣きそうになった。泣きそうな顔をしているのはルルーシュだというのに、鼻の奥がつんとして、目の裏側が熱くなる。
「そんなっ・・・そんなことで!?」
「俺にとっては、『そんなこと』じゃなかった。おまえは、俺の髪を綺麗だと言ってくれた。皇室じゃ異端の象徴とされているこの髪を、おまえは綺麗だと言ってくれた。母上と同じこの髪を。何も知らないだけだと分かっていたけど・・・・・・嬉しかった」
ワンピースの胸元を、ルルーシュは小さな手のひらで握りしめる。スザクは困惑してしまった。自分が彼女の髪を褒めたことも今になって思い出したくらいだ。あのときは初めて会った彼女に圧倒されてしまって、何か喋らなくちゃいけないと思って、勢いから出てしまった言葉だったのに、彼女はそれだけを胸に抱いて、すべての苦行を背負ったというのか。
「無理やり定められた婚約者の俺じゃ、おまえを幸せにすることは出来ないから、せめておまえの故郷を守ってやりたかった。おまえが少しでも笑ってくれれば、それで良かったんだ」
伏せられてしまった顔は見えない。白い手の甲に筋が浮かんで、握る強さを表している。
「おまえにはずっと笑っていてほしかった。母上のように、ナナリーのように」
頼りない肩が小刻みに震える。孤独に耐えるかのように、ルルーシュは己を抱きしめた。
「おまえにだけは、幸せでいてほしかったんだ・・・・・・っ!」
スザクの足が地を蹴り、次の瞬間にはルルーシュを抱きしめていた。小さな身体はあらがって抵抗を繰り返す。だけどそれすら抱きしめるように、スザクは腕の中の身体をきつく囲った。言葉にならないほどの感情が心の奥底からあふれ出てくる。ルルーシュの拳が何度もスザクの胸を打った。
「おまえにだけは知られたくなかった!」
「・・・・・・ごめん」
「おまえにだけは知られたくなかった! だから言わなかったのに! ユーフェミアのところにだって送り出したのに! なのに、おまえはっ!」
「ごめん、ルルーシュ」
「おまえは馬鹿だ・・・・・・っ!」
叫ぶ声は涙に濡れている。あんなに泣いてほしいと思ったのに、スザクは苦しさのあまりその顔を見ることが出来なかった。後頭部に手を回し、強く胸へと押し付ける。すがるように腕を締め付けてくる指が、心臓に食い込むように痛かった。
スザクは初めて、ルルーシュという少女の本質に触れた。彼女を形作っていたのは、深い深い愛情だった。
人殺しだろうと冷酷だろうと黒の皇女だろうと何でもいい。ルルーシュが好きだと、スザクは心の底からそう思った。好き過ぎて苦しいくらいに、大好きなのだと気づいた。
「泣かないで、ルルーシュ。お願い、泣かないで」
抱きしめる身体は本当に細くて、こんなに頼りない肩に守られていたのかと思うと切なくなる。
「お願いだよ、ルルーシュ。僕にも君を守らせて。今はまだ何も出来ないけど、第四皇女の騎士だけど、必ず君の元に帰るから」
震える背が愛しい。触れたい。もっともっと触れたくて、スザクは抱きしめる腕に力を込める。
「だからお願い。一人で傷ついたりしないで。涙を我慢なんてしないで。僕も一緒に戦うから。君のことを絶対、守れるようになるから」
唇をかみしめた。力を手に入れようと思った。そのためならユーフェミアも利用してやると、スザクは今初めて決意した。ルルーシュが地に堕ちるなら、自分もそこへ飛び込むだけだ。もう決して一人にはさせない。
抱きしめていた腕をそっと放し、肩に手を添えて少しだけ距離を取る。泣き腫らしたルルーシュの目は赤く、頬には幾重にも涙の跡が走っていたけれども、綺麗だとスザクは思った。愛しいと、スザクは思った。
「大好きだよ、ルルーシュ。地位も権力も手に入れて、必ず君を守れるようになるから。だから、そのときは」
ゆっくりと息を吸い込んで、スザクは一言ずつはっきりと告げる。

「僕のお嫁さんに、なって下さい」

藤色の、アメジストの、スザクの大好きな紫色の瞳が、信じられないように大きく見開かれる。言い聞かせるように、スザクは再度口を開いた。唇は自然と微笑みを浮かべる。
「僕は、枢木スザクは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが好きです。特別な女の人として、好きです」
「・・・・・・スザク」
「だから僕のお嫁さんになって下さい。必ず幸せにします。日本人ってことは変えられないけど、ルルーシュが誇れるような夫に必ずなるから。苦労はさせちゃうかもしれないけど、ルルーシュ一人くらい背負えるような男に、必ずなるから」
「スザク」
「だから僕のお嫁さんになって下さい。政略じゃなくて、ルルーシュの、本当の気持ちで」
僕のことを、好きになって下さい。そのスザクの言葉に、またルルーシュの瞳から涙がこぼれた。そっと指先で拭うと柔らかな頬に触れてしまい、離したくなくなる。
「・・・・・・おまえは、馬鹿だ。おとなしくユーフェミアの騎士をやっていれば安全は保証されているのに」
「そうでもないよ。僕が守りたいのはルルーシュだけだから、いつかそれがばれて追い出されるよ」
「大体、どうやって地位と権力を手に入れるんだ。ここはブリタニアで、おまえは日本人なんだぞ」
「名誉ブリタニア人制度を利用するよ。騎士として名を挙げて、いつか君を望む」
「日本はどうするんだ。日本首相の一人息子が、そんな」
「僕はルルーシュの夫になるために送られてきたんだよ? それが互いの望む結婚に変わっても、喜んでくれるだけで怒ったりしないと思うな」
「・・・・・・スザク」
「もう、ない?」
からかうように問えば、途端にむすっと眉が寄せられる。乱れている前髪をそっと払って、スザクはもう一度繰り返した。
「ルルーシュ、僕のお嫁さんになって」
「・・・・・・絶対に後悔するぞ、おまえ」
「しないよ。約束してもいい」
「おまえは、本当に馬鹿だな」
「馬鹿でいいよ。馬鹿でいいからルルーシュ、返事は?」
焦れて問いかければ、赤い唇がくすりと笑う。嬉しそうに細められた瞳でスザクを見つめたまま、確かに言った。
「もう一度言ってくれ。そうしたら、返事をするから」
可愛らしいわがままに、スザクも唇をほころばせた。肩に置いていた手を離し、一歩引いて距離を取る。ルルーシュもワンピースの袖口で頬をこすり、手櫛で髪を整えた。背筋を伸ばして向かい合って、月光の中二人は微笑む。



「ルルーシュ、君が好きです。僕と結婚して下さい」
「―――喜んで、スザク。俺もおまえのことがずっとずっと好きだった」



飛び込んできた身体を、スザクは力いっぱい抱きしめた。その背に腕を回して、ルルーシュも思い切り抱きしめる。額を合わせて二人で笑って、スザクはそっとルルーシュの頬に唇を寄せた。
マリアンヌとナナリーの墓石が、誓いのキスを静かに見守っていた。





僕の、ルルーシュ。
2007年2月14日