初めて訪れる政庁は、宮殿よりも地味で、けれど堅牢な作りをしている。装飾も少ないその場所を行き来するのは大人ばかりで、スザクの他に子供は一人もいなかった。二十歳を過ぎているシュナイゼルですら若い部類に入り、けれど大人たちはそんな相手に道を譲り、頭を下げる。その顔に嘲笑がないことから、スザクはシュナイゼルが皇子としてだけではなく政治家として認められていることを知った。
「ルルーシュは、おまえに仕事の話をしたことがあるか?」
前を行く背に話し掛けられ、スザクは首を横に振る。
「いいえ。僕は政治に詳しくないし、話しても無駄だと思われていたのかと」
「違うな。おまえに知られたくなかったから、話さなかっただけだ」
シュナイゼルの笑みは、スザクには見えない。
「あれは本当に、可愛い女だよ」





and I love you
11.ドレスを着た戦士





回廊を進むと、だんだんと明るくなっていく。おそらくホールに近づいているのだろうとスザクが思っていると、かすかな声が聞こえてきた。男というよりは青年の怒鳴る声。それがスザクの想う少女の名を綴ったことに、思わず走り出しそうになる。その腕を掴み、シュナイゼルは階段の踊場で足を止めた。柱から顔を覗かせれば、階下に茶の髪をした青年の姿が見える。その前に立っている、漆黒のワンピースの少女、は。
「ルルーシュ・・・・・・」
久方振りに見れた姿に涙が浮かんでくる。元気そうなことにほっとして、思わず手すりを握り込んでしまった。だけど聞こえてくる怒鳴り声に身をすくめる。
「おまえみたいな子供が政治に口を出すなと言ってるんだ! 皇女なら皇女らしく離宮で花でも摘んでいろ!」
「そのお言葉、コーネリア姉上の前でもおっしゃることが出来ますか?」
「姉上はいいのだ! 立派な戦績を残されている!」
「僭越ながら私も、先日のエリア3の統治にて予算案を通すことが出来ました」
「それがどうした! そんなことくらい誰だって出来るだろう!」
「では兄上も議案を提出されたらいかがですか? 私などに構っているお時間がおありなら」
「・・・・・・っ!」
青年が言葉に詰まり羞恥に顔を赤くする。身なりの良さとルルーシュが兄と呼んでいることから察するに、皇族の者なのだろう。顔を良く見ようと目を凝らしていると、シュナイゼルがそっと注釈してくれた。
「第七皇子だ。先日提出した軍拡の意見案がルルーシュによって一蹴された」
「第七皇子」
「生まれだけは早いくせに使えない男だ。あれならルルーシュ一人で倍以上の釣りがくる」
言葉は辛辣だが、見る目は確かなのだろう。整っている顔は楽しそうに階下の二人を眺めている。ルルーシュがふっと笑った。それはスザクが見たがっていたものではない、美しいけれども高慢な、相手を見下す嘲笑だ。
「私もこんなことを言いたくはないのですが、兄上、人には向き不向きというものがあるのですよ。才能と呼ばれるそれが、あなたには決定的に足りない」
「何だと・・・・・・っ!」
「もう諦めたらどうです。分不相応に功を立てようとせず、離宮で優雅にお過ごしになられたら? あなたも一応皇子なのですから、さすればそれなりの幸福は得られるでしょう」
「売女の娘が偉そうに! どうせ母親譲りの手管でシュナイゼル兄上を陥落したんだろう!」
「シュナイゼル兄上がそのような甘い方なら、私ももう少し楽が出来たのですけどね」
くく、という笑い声が向こうのルルーシュとこちらのシュナイゼルで重なる。ホールで言い合いをしている皇族に、他の人々は速足で通り過ぎていく。スザクの握る手すりがわずかな音を立てた。シュナイゼルの掴んでいる腕がなかったら、今にも飛び出していって第七皇子を殴り飛ばしただろう。あの優しい面立ちのマリアンヌを売女などと、高潔なルルーシュを売女などと。怒りが膨れ上がっていく。だが、ルルーシュの嘲笑は崩れない。それは彼女がこの程度の侮辱には慣れていることを示していた。
「大体兄上、私は何も軍拡を認めないというわけではありません。前回提出された議案はあまりに夢見がちで現実的ではなかったから棄却したまでです」
「うるさいっ! ナイトメアフレームが開発された今、ブリタニアの領土を広げるのは当然だろう!」
「いきなり戦争を仕掛けるなんて、おもちゃを横取りする子供と同じですよ。まずは正当な理由を作り、従うか滅びるか相手国に選択の猶予を与え、それから兵を向かわせるべきです。力ばかりではいずれ反乱を招きます」
「ふん、先日中東の三ヶ国を壊滅させた人間の言葉とは思えないな」
「私はいつだってブリタニアのためを思っていますよ。歯向かうものには屈辱の死を、流す血はすべて異人のものを」
「そのおまえが日本との開戦を避けようと動いているのは、やはり婚約者が理由か? いや、今は元婚約者か」
第七皇子のあざけるような声に、一瞬だけルルーシュの顔から笑みが消えた。けれどすぐに取り戻される。危うくきらめいた藤色の瞳が、限りない美を彼女に与える。
「可哀想にな。やはり母親が庶民だと妹に夫を奪われても文句も言えないか。日本人の子供に随分と入れ上げていると聞いてるぞ」
「おかしいですね。私は彼を離宮に閉じ込め、不用意に足を引っ張られないよう軟禁していたつもりですが。どこでそのように聞き間違えられたのでしょう」
「夫のために日本を守るとは泣かせる話だ。一声で国を壊滅させる『黒の皇女』らしくない振る舞いじゃないか」
「私が日本に戦争を仕掛けないよう主張しているのは、かの国の底力を危惧しているからですよ。サクラダイトは武器にもなり得る。彼らが技術者を手に入れていたらと思うと、開戦よりも和平を続けた方がブリタニアのためです。ああ、それと」
にこりとルルーシュは微笑んだ。最大級の侮蔑を含んだまなざしで、自身の兄を見上げて丁寧に告げる。
「枢木スザクはもはや第四皇女ユーフェミアの騎士です。彼女の気を損ねたくないのなら、今後彼への中傷は控えた方がよろしいかと」
「っ・・・・・・」
「兄上、あなたは半分とはいえ血を分けた実の兄です。どうかご自分の命と立場を大切になさって下さいね」
柔らかなそれは脅しだったけれども、危害を加えるのが誰かは明確に宣言されていない。ルルーシュの微笑から読み取ることは適わず、第七皇子は年端もいかない妹に完全に負けていた。悔しげに顔を歪めて足取り荒く去っていくのを見送り、ルルーシュは長い黒髪を払う。その姿には一分の隙もない。
「あれは母親と妹を喪い、修羅となって政治の道に入った」
シュナイゼルが囁く。ホールに立つルルーシュは差し込む光を浴び、漆黒に輝いている。
「皇帝位を纂奪するため、手柄を立てるべく最初に戦場に向かった。人を殺す作戦を立て、自分を周囲に知らしめた」
白い頬。長いまつげ、赤い唇。
「だが、おまえが来てあれは変わった。愛を覚え、女になった。おまえを守るべく夜叉になった。己の手腕で日本を守り、開戦しようと意気込む輩を正論で抑えていった。第七皇子など序の口なくらい中傷を受けただろう。もともとあれはマリアンヌ皇妃の娘だ。風当たりは大きい」
握りしめられている手。頼りない肩。伏せられる視線。次いで前を向く姿勢。
「そしておまえを失い、あれの手にはおまえへの愛だけが残った。健気にも日本を擁護し続け、誰もいない離宮に帰る。これから何に化けるのか本当に興味深いよ。だからこそ私は、あれに手を貸している。あれのもがき苦しむ様を、もっと見ていたいがために」
ゆるりとシュナイゼルが笑う。ルルーシュが歩き出す。光の方へと向かうのに、彼女の黒が溶けることはない。孤独を背負い、歩き続ける。
「我が妹の愚行とおまえの軽率さを評して教えてやろう」
シュナイゼルがそっと囁いた。

「ルルーシュは確かにおまえを愛しているよ。私が自身の母と妹を殺した女の息子だと知って尚、後見を頼んでくるくらいにな」

顔を上げたスザクに、シュナイゼルは綺麗に微笑んだ。苦悩する様をこよなく慈しむような、とても柔らかな表情だった。





さぁ、おまえはどうする?
2007年2月11日