「こんにちは、スザク。来て下さって嬉しいです。仲良くして下さいね」
そう言って出迎えてくれたユーフェミアは、桃色の髪を揺らし、真っ白なドレスを着ていた。向けられる微笑みはとても自然で、まるで絵本から抜け出てきたお姫様のようだとスザクは思う。だけど、少しも感慨は浮かばなかった。どうぞよろしくお願いします、と一言口にするだけで精一杯だった。会いたいのは天使のようなお姫様じゃない。薔薇の刺を持つ漆黒の姫だ。
「この前は帽子を取って下さりありがとうございました。お気に入りの帽子だから無くしたくなかったんです。本当に助かりました」
聞きたいのは砂糖菓子のような声じゃない。冷ややかで、だけど裏に優しさを帯びているそれだ。耳を塞いでしまいたくて、動きかける手を必死に堪える。
「私ったら名前も聞かなくて。コーネリアお姉様にお願いして探して頂いたんです。でも良かった。スザクがまだ、誰の騎士でもなくて」
騎士じゃなかった。騎士では、なかった。命をかけて主を守る騎士と、生涯寄り添い支え合っていく伴侶と、どちらが良いのかは人によって違うだろう。だけどスザクは後者が良かった。好きだったから、後者が良かった。それなのに砕かれた。まるで手の中の帽子が風にさらわれるくらいあっけなく、それを取ってやったことすら忘れてしまうほど些細なものに。砕かれた。もう、彼女の傍にはいられない。
「仲良くして下さいね、私の騎士様」
はい、とスザクは頷いた。日本のためだと、必死に心の中で唱えながら。ユーフェミアは可愛いけれど、でもそれだけだった。日本のため。ただそれだけだった。
and I love you
10.画策と誘惑
ユーフェミアは毎日スザクを連れ回した。まだ皇女としての公務についていない彼女は、午前中は家庭教師による授業を受け、午後になるとスザクの元へやってきて様々なところへ出かけていった。もちろんブリタニア宮殿の中だけだったけれども、アリエスの離宮からほとんど出ることのなかったスザクにはすべてが物珍しかった。同じように、スザクも物珍しかったのだ。行く先々で密やかに交わされる声。向けられる視線。嘲笑。ユーフェミアが気づかないのが不思議なくらい、それはあからさまで大量だった。スザク、と微笑みながら振り返るユーフェミアに向かって一歩踏み出すことすらためらうほどの、見下される侮蔑。日本のため。それだけを思ってスザクは堪えた。強く噛んだ奥歯が痛かった。
ユーフェミアの離宮はとても広く、与えられた部屋も立派だったけれど、それだけだった。食事は冷たかった。洗濯に出した服は破かれて返ってきた。頭から水をかけられた。足を引っ掛けられ、泥の中に落とされた。使用人には無視をされ、同じ騎士からは腹を何度も殴られた。言葉の暴力は絶えず止まず、だけどユーフェミアは気づかない。彼女の前でだけ、世界は平穏であるからだ。温い箱庭だとスザクは思った。ユーフェミアはとても愛されている。それが彼女に悪く働いているのだと、スザクは思った。
世界中の汚いものから、ユーフェミアは守られている。守られているから綺麗なのだ。だけどそれは無知なだけで、彼女本来の資質が美しいわけじゃない。彼女の博愛に近い慈愛は皇女として相応しいだろうけれど、それも世界を知らないから為せるのだ。知っていれば、そんなことは出来やしない。今のスザクが彼女を憎んでいるように。愛しい人がいれば、人はいくらだって人を憎める。
帰りたかった。アリエスの離宮に。ルルーシュの傍に帰りたかった。
「枢木スザク」
かけられた声に顔を上げると、ユーフェミアの離宮だというのに何故かシュナイゼルがいた。隣に立っているコーネリアは実の姉だからいいとしても、何故第二皇子がここにいるのか。分からないけれども、スザクは稽古の手を止めて頭を下げる。ユーフェミアが授業を受けている午前、スザクは鍛錬に励んでいた。それ以外することもない。シュナイゼルは目の前まで歩み寄ってくると、かつてと同じように顔を上げるよう言った。
「少し痩せたな。ユーフェミアの騎士は辛いか」
「いえ、そのようなこと。ユーフェミア様にはとてもよくして頂いてます」
「あれは囲われているが故に、世界は善人で出来ていると思っている。汚れたものは目に映らない」
「兄上、我が妹への侮辱は止めて頂きたい」
眉を顰めたコーネリアに、シュナイゼルは笑みを深める。彼女のユーフェミアへの溺愛ぶりは、騎士となって二週間のスザクにも理解出来ていた。しかし彼女はスザクにユーフェミアの前でルルーシュの名を出すことを禁じていた。優しい箱庭に相応しくないと判断しているのだろう。そのことがスザクは悔しかった。ユーフェミアよりもルルーシュの方が世界を知っている。皇女としての公務を果たしている。それなのに彼女を、汚れたものと見る周囲が憎らしかった。
「私が述べているのは真実だろう、コーネリア」
「ユフィは今のままで良いのです」
「自分の発言がどんな結果をもたらすのか、それくらいは自覚させるべきだと思うが」
あぁでも、それを教えるのはおまえかもしれないな。シュナイゼルはそう言ってスザクを見下ろす。紫の瞳が切なかった。
「枢木スザク、ルルーシュに会いたいか?」
「っ・・・・・・会わせて、頂けるのですか!?」
「ああ。おまえの知らないルルーシュを見せてやろう」
言葉はわずかな不穏を含んでいたけれど、会えるという喜びが先に立った。もう二週間も姿を見ていない。ユーフェミアに連れられて外出はしているけれども、遊びの彼女と政治家のルルーシュでは行く場所も重ならなかった。
「ありがとうございます、シュナイゼル殿下!」
スザクは頬を紅潮させて礼を述べた。コーネリアが不快気な顔をしていた理由をスザクは知らない。そしてシュナイゼルの真意も彼は知らなかった。
さぁ踊れ、運命の子供たちよ。
2007年2月9日