翌朝、スザクが目覚めるとすでに部屋には明るい日差しが差し込んでいた。レースのカーテンの向こうには青い空が広がっており、太陽も少しだけ高い位置にある。だけど繋がれている手はそのままで、ベッドでは上半身を起こしたルルーシュが柔らかく微笑んでいた。
「おはよう、スザク」
朝食を食べたら話があるんだ。そう言って彼女はとても綺麗に笑った。見たかったはずの笑顔なのに、何故だかスザクはひどく胸騒ぎがした。
and I love you
9.涙さえ意味がない
十日ぶりに共にとった朝食は食べた気になれなかった。ルルーシュの言葉が気になってしまい、スザクが不安に感じているのを彼女も分かっているのだろう。けれどルルーシュはパンとサラダの他に珍しくオムレツを食べ、コーヒーにもミルクと砂糖を注いだ。熱は下がったらしく視線にも力があって、いつもの彼女と変わらない。だけどどこか優しくスザクには感じられた。おかしな意味でなく、その優しさが怖かった。
サロンに入ったときにはすでに昼まで後一時間という頃で、部屋の中はまぶしくなっていた。まるで初めてここへ来たときのようだと、スザクは思う。振り向くルルーシュの黒いワンピースも、藤色の瞳も変わらない。変わったのはスザクの想いだけ。
「第四皇女ユーフェミアから、おまえを騎士にしたいとの希望を受けている」
え、と呟くことも出来ない。言われた言葉の意味が分からなかった。
「木に引っ掛かった帽子を取ってやったんだろう?」
「・・・・・・う、ん。泣いてたから、危険だとは分かってたんだけど」
「ユーフェミアはそれが嬉しかったそうだ。だからおまえに、自分の騎士になってほしい、と」
「でも僕は」
「ユーフェミアは俺より生まれは遅いが、母親の権力は皇室でも一・二を争うくらい強い。逆らうことは許されない」
微笑んで、ルルーシュは言う。
「荷物をまとめろ。スザク、おまえは今日からユーフェミアの騎士だ」
「・・・・・・そんな」
「騎士とは言っても、今は遊び相手くらいが関の山だろう。ユーフェミアはまだ公務に出たことがないし、これからは学校に通うらしいしな」
「ルルーシュ」
「ユーフェミアたっての希望だ。皇室におけるおまえの扱いも格段に良くなるだろう。ユーフェミアの母親には、それだけの権力があるし、それに」
「ルルーシュっ!」
途切れることなく続く声を、名を叫ぶことで遮る。藤色の瞳が少しだけ見開かれたけれど、それもすぐに細められた。綺麗な微笑みに、スザクの肩が震える。
「・・・・・・嘘、だよね・・・?」
どうか、と願って問いかけた声も、逸らされない瞳に否定される。
「嘘じゃない。ユーフェミアがおまえを望んでいる」
「だって僕は、帽子を取っただけだよ?」
「それが皇室だ。些細なことが死に繋がり、また些細なことが上進に繋がる」
「ルルーシュは、それでいいの?」
「良い悪いの問題じゃない。ユーフェミアは権威ある皇妃の娘で、俺よりも格段上にいる。妹だろうと、その言葉には逆らえない」
「でも僕は嫌だ! 僕はルルーシュの傍にいるって言っただろ!?」
「勘違いするな。スザク、おまえは何のためにブリタニアに来た? 俺の傍にいるためじゃない。日本のためだろう?」
「だったら日本なんかいらないっ! ルルーシュの傍にいられないなら、あんな国!」
「死んでもいいのか? おまえの家族や知り合いや、おまえに期待している日本の国民が」
「っ・・・・・・!」
ここで頷くことが出来ないくらい、ルルーシュにだって分かっていただろう。きっと彼女はスザクよりも分かっていた。だけど突き放されたように感じてしまい、スザクはきつく手のひらを握り込む。ついさっきまで、彼女の手を握っていた指。傍にいると誓った。傍にいたいと思った。
「僕が守りたいのは、第四皇女なんかじゃない・・・っ!」
汗水流して稽古をしたのも、机に向かって不得意な勉強を頑張ったのも、全部全部たった一人のためだけなのに。
「嫌だよ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」
何も出来ない。力もない。どんなに努力しても決定的なものがスザクには足りないのだ。そしてルルーシュにも。彼らはあまりに幼く、無力すぎた。
「嫌だよ、ルルーシュ・・・・・・っ!」
こぼれ落ちる涙が止まらない。悔しかった。決定を覆すことの出来ない自分が、絶対的な力の前に膝を折るしかない自分が。どんなに手を握りしめても、もう叫びすら届かない。
「こんなことなら日本人なんかに生まれなければ良かった・・・・・・!」
スザクの涙を拭ってやることもせず、ルルーシュはただ静かに彼を見つめた。約半年の婚約者。握りしめる白い手が、小さく小さく震える。
その夜、スザクはアリエスの離宮を去った。ユーフェミアからよこされた車が小さくなっていくのを、ルルーシュは沈黙の広がるサロンから見つめていた。
どうして僕たちは、自分の自由に生きられないんだろう。
2007年2月8日