相変わらず離宮から外には出れなかったけれども、スザクは満足した日々を送っていた。ルルーシュが手配してくれる家庭教師は皆いい人ばかりだし、スザクの好んだ分野についてより深く教えてくれる。度々訪れるミレイの話は面白いし、彼女の言うことにもスザクは今なら納得できた。ルルーシュは優しい。言葉や態度は冷ややかだけれども、本質は優しい人なのだとスザクもちゃんと理解できていた。





and I love you
6.画策と約束





その日、スザクが鍛錬を終えてサロンに戻ると、ちょうど中から出てきた人物とぶつかった。褐色の肌を持つ相手は女性にしては背が高く、スザクを上から見下ろしてくる。皇室者のファイルにはいなかった人物だ。けれど万全を期して礼を取ろうとする前に、相手はじろじろとスザクを見回してくる。
「へぇ、これが姫様の」
「ラクシャータ!」
室内から飛んできた声は、今日は午前だけで公務を終えて戻ってきていたルルーシュのものだ。軽い足音を立てて走り寄ってくる彼女に、ラクシャータと呼ばれた女性は色素の薄い髪を払って振り返る。にやりと吊り上がる唇は愉悦を浮かべていて、白衣から察するに研究者なのだろうけれど、とてもではないがそうは見えない。
「別にいじめたりしないよ。ちょいと観察しただけじゃないか」
「おまえの観察は実験とイコールだろう」
「否定はしないけどね。何たって他ならぬ姫様の婚約者様だ」
ルルーシュは不服そうな顔をしているが、ラクシャータは再度スザクの方を向く。腰に手を当てて見下ろしてくる様は尊大で、迫力ある彼女の印象をより一層強めていた。細められる目を、スザクはじっと見つめ返す。しばらくするとルージュの塗られている唇が弧を描いた。
「いい目をしてるじゃないか。腐れきった皇族共よりは全然粋がいい」
ラクシャータの物言いにスザクは目を見張るが、ルルーシュは何も言わない。そういえば彼女はラクシャータの乱暴な態度や言葉遣いも、非礼を指摘せずに受け入れていた。
「はじめまして、枢木の坊っちゃん。あたしはラクシャータ。研究者の端くれさ」
「はじめまして、枢木スザクです」
「姫様、あんたの目は正しいよ。これで俄然やる気も出てきたってもんだ」
握手の手を解くと、ラクシャータは意味ありげにルルーシュを見つめる。いつも他人に対して不遜なルルーシュも、今は柳眉を寄せていた。何かあったのだろうかと思うスザクをよそに、彼女は小さな声で呟く。
「・・・・・・すまない」
「謝ることはないさ。あたしは研究者。研究さえ出来ればどこだっていい」
「ラクシャータ」
「姫様は姫様の信じた道を進みな。あたしは可愛い子の味方だ。呼べばいつだって最新のナイトメアで駆け付けてやるよ」
褐色の手でルルーシュの黒髪を撫でつける。その仕草はまるで年の離れた姉のようで、不安気なルルーシュの表情も手伝って騎士のようにすら見える。ついでというようにスザクの髪をわしゃわしゃとかき混ぜ、彼女は後ろ手を振りつつ玄関へと向かった。
「坊ちゃん、姫様をちゃんと守りなよ」
「―――はいっ!」
「いい返事だ」
ちらりと笑みを見せ、ラクシャータは去っていった。ルルーシュはまだ柳眉を寄せており、懸案にふける様も綺麗だとスザクは思うのだけれど、それよりも気になって問いかけようと口を開いた。しかしルルーシュの方が先に発言し、それを封じてしまう。
「おまえには関係のないことだ。気にしなくていい」
スカートを翻して、ルルーシュはサロンの中へと戻っていく。その背に問いを重ねることも出来たけれど、スザクはそうしなかった。多忙な彼女とせっかく一緒にいられる機会なのだ。気分を損ねさせたくなかったし、どうせ会話するならもっと楽しいことを話したい。そう考え、スザクはルルーシュの座るソファーへと近づいた。
後に、どんなに拒否されても問うておけば良かったと思うことなど知らずに。



それから少しして、ルルーシュはさらに忙しい日々を送ることになった。諸外国へも出向くようになり、数日離宮を開けることもあった。本格的な政治への参入を果たしたらしく、誇らしいと思うと同時にスザクは少しだけ寂しくもなったが、これがルルーシュの夢なのだからと思って堪えた。自分もせめて少しでも彼女に追いつけるよう、勉強や武術に力を入れた。





ラクシャータという名の研究者が軍を抜けたことを、僕は知るよしもなかった。
2007年2月1日