結局、シュナイゼルに指示された下調べは一晩かかってしまった。いつもなら二時間程度で終わるはずなのに、全くはかどらなかった理由をルルーシュは決して認めようとしない。食欲はないけれども、コーヒーを飲んで目を覚まそう。今日も黒のワンピースに着替え、ルルーシュは食堂のドアを開いた。
「おはよう、ルルーシュ」
聞こえないはずの声がして顔を上げる。時刻はまだ五時だというのに、スザクが朝食の席についていた。メイドによれば彼の起床は六時で、軽い鍛錬後の七時に朝食を取ると聞いている。だからまだ寝ているはずの時間なのに、彼は何故か食堂にいた。しかも長いテーブルでルルーシュの対面の席ではなく、角を挟んだすぐ隣の席に。
「・・・・・・何で、いる」
徹夜明けのかすれた声と自然となった仏頂面で尋ねても、スザクはへらりと笑うだけだ。
「一緒にご飯を食べようと思って」
「こんな時間に?」
「だって君は昼も夜も外で食べてくるし、一緒出来るのは朝しかないじゃない」
「俺は一緒に食べたいとは言ってない」
「うん、だけど僕がルルーシュのことを知りたいから。夜も寝ないで帰ってくるのを待ってるね」
「・・・・・・勝手にしろ」
これ以上反論しても無駄だと判じ、ルルーシュはメイドにコーヒーを頼む。スザクの前にはパンやオムレツが並べられたけど、同じものを食べる気にはなれなかった。朝食べないと力が出ないよ、という言葉は無視をする。さっさと行こうと一息に飲み干して席を立てば、スザクも玄関まで見送りに来た。まだ朝日も昇らない時間、吐く息は暗闇の中で白く濁る。
「いってらっしゃい、ルルーシュ」
その言葉に母親と妹を思い出して顔が歪んだ。いつの間にか敬称と敬語が消えていることに気がついたのは、迎えの車に乗った後のことだった。
and I love you
5.伸ばす手の先に
玄関ホールで口論をして以来、スザクは出来るだけ細かく、ルルーシュのことを観察するようにした。彼女は自分から話をしてくれないので、こうやって周囲から知っていくしかない。そう思ってじっと見つめてみれば、多くのことが見えてきた。
朝も夜もメイドの手を煩わせず、一人で支度して部屋を出てくる。コーヒーはブラック。ミルクも砂糖も入れないけれど、飲んだ後に少しだけ眉を顰める。だけど決して砂糖を入れようとしない。朝食はパンとサラダとフルーツを食べればいい方で、日によってはコーヒーの一杯さえ飲まないときもある。朝ご飯は大事なんだよ、と何回言っても聞き入れてくれたことがない。服装は型は違うけれども、いつも黒のワンピース。ストッキングも靴も手袋も漆黒で、長い髪と相まってまるで彼女を人形のように見せていた。その黒が喪服なのだと気がついたのは、母と妹と写っている写真を図書室で見つけたときだ。パステルカラーのワンピースをまとっていたルルーシュはとても愛らしい笑顔を浮かべていて、スザクの想像する通りのお姫様だった。
好きなのは読書で、たまの休みには図書室にこもって出てこなかったり、サロンに山のように本を運んで丸一日読んでいたりする。そのどれもが分厚く難しい専門書で、試しに開いてみたスザクは五行目で挫折した。うすうす分かり始めていたことだけれど、ルルーシュは本当に頭の出来が良いらしい。反射的に体で動いてしまうスザクとは違って、綿密な計算と計画を立てた上で行動に移すのだろう。まだ10歳なのにすごいと、スザクは素直に感心していた。
しかし逆に運動は苦手で、乗馬は得意だけれども後はほどほど。必要最低限の護身術を身につけているだけで、時々階段を踏み外して手すりにしがみついたり、足元の段差に蹴躓いて転びかけたりしている。そんな迂闊さが可愛いとスザクは思っていた。思った直後に顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振ったけれども。
皇族とは一定の距離をおいているらしく、離宮に来るのはクロヴィス本人とシュナイゼルの使いくらい。特にクロヴィスは月に二・三度訪れてはルルーシュとチェスを打ち、本を読む彼女をスケッチブックに描き留めたりしている。スザクが見る限り、ルルーシュとクロヴィスは仲が良かった。チェスの戦績は圧倒的にルルーシュが上だったけれども、どこか兄と妹の優しい空気が二人の間には流れていた。
夜はいつも帰宅が遅く、酷いときでは日付が変わってから戻ってくることもある。簡単にシャワーを浴び、その後は自室か図書室にこもり、勉強や次の日の下調べなどをしているらしい。そういった面では力になることが到底出来ず、スザクはそれが悔しかった。
せめて身体だけでも守れるようにと武術の稽古に明け暮れていると、その教師もルルーシュがアッシュフォード家に言って遣わしてくれたのだと知った。スザクは勉強よりも運動の方が好きらしいから、との言葉を添えて。秘密ですよ、と囁いて教えてくれた教師にスザクは今更ながらに実感する。ルルーシュは本当に、自分に気を使ってくれていたのだと。
だからこそ彼女のために何かしたいと思った。政治という大人の舞台に足を踏み入れている彼女の、せめてもの支えになりたかった。
あるとき、休みの日の午後になると、必ずルルーシュが出かけることにスザクは気がついた。共も連れず、庭の花を二本だけ摘んで出かけていく。その行き先が気になったスザクは、離宮から出るなと言われていたけれども誘惑に逆らえず、こっそりと彼女の後を追った。
アリエスの離宮はブリタニア宮殿の中でも奥まったところにあるが、それよりも離れた方へとルルーシュは進んでいく。開けたそこに並んでいるものが何なのか、スザクには一瞬分からなかった。けれども名前が刻まれていることから理解する。日本とは形が違えど、それらは墓石に違いなかった。たくさんの中をルルーシュは迷うことなく進み、二つの墓石に花を一輪ずつ供えた。近づいてみるまでもなく、それは彼女の母マリアンヌと、妹ナナリーのものなのだろう。芝生に座り込んだルルーシュはしばらく動かなかった。黒に包まれた背中は小さくて、スザクは何故か泣きそうになりながら彼女の姿を見守った。
時は緩やかに過ぎ、気がつけばスザクが日本を離れて半年が経っていた。ルルーシュとの関係は良好とは言えないけれども決して悪くなく、スザクは彼女を見つめるのが習慣のようになっていた。多くのことを知れたと思う。
だけど彼はまだ、ルルーシュの本質を知らなかった。
笑った顔が見たいって思うんだ。
2007年1月31日